題      名: アドベント第3週です
氏      名: 牧師
作成日時: 2022.12.10 - 04:31
みなさま

アドベント第3週の霊想は、サンタクララ・バレー日系キリスト教会の中尾善之介(なかお・よしのすけ)先生が書いてくださいました。

ちょっと、先生の教会を紹介します。
https://www.jp-scvjcc.org/

コロナ禍を超えて、活動が再開しつつあるクリスマス。
とはいえ、感染者はぐーっと増えています。気をつけてください。

藤本

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第3週のみことばの黙想は、メールにワードとPDFの二つの添付ファイルがありましたが、こちらで少しばかり校正して作成したPDFを掲載させていただきました。
PDFはA4の両面印刷で三つ折りにして、アドベント第3週分のしおりとして携帯して用いることもできます。
ちなみに時差を調べてみましたら、カリフォルニアのサンタクララは日本より17時間遅れだそうですね。
第3週のために早くから素敵な黙想をしてくださった中尾先生に心から感謝いたします。
中尾善之介先生のワードは以下の通りです。(T・Y)

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12月12日(月)ヨハネ1:4
この方にはいのちがあった。このいのちは人の光であった。光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。

 父なる神さま。私の暗闇には、あなたの光が輝いているでしょうか?
それとも、心の暗闇に蓋をしているでしょうか?私から希望を奪い、絶望へと追いやる闇の力が怖くて、暗闇を避けることを学んできてしまいました。
願いが叶わない事、大切な人や大切にしてきたことを失う事への不安や、嘆きや痛みを、素直にあなたに言うことができずにいます。
 イエスさま。嘆きと失望の暗闇の中で、あなたのいのちに気づかせてください。あなたは明けの明星です。現実の暗闇の中でこそ、あなたの真の輝きを見ることができますように。しかし、一人で立ち上がるには勇気がいるのです。
 どうか、私の暗闇に来てください。そして、闇に打ち勝つ、あなたのいのちの光で私を照らしてください。


12月13日(火)ルカ10:41、42
主は答えられた。「マルタ、マルタ。あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」

 父なる神さま。私に必要な一つのこととは何ですか?
この世は、一番大切なことから私を離そうとします。アドベントは、一年で一番それを実感する時です。私には、どれも大切なことに思えて、思い煩っています。
 イエスさま。あなたを置き去りにして、私がクリスマスを迎えることがありませんように。あなたは私を労って、二度も名前を呼んでくださいました。
 どうか、そんな優しいあなたの御声に、耳を傾ける者としてください。


12月14日(水)マタイ17:5    
彼がまだ話している間に、見よ、光り輝く雲が彼らをおおった。すると見よ、雲の中から「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。彼の言うことを聞け」という声がした。

 父なる神さま。私は誰を喜ばせようとしているのでしょうか?
高い山でモーセとエリヤと語らうイエスを見た時、ペテロはなぜあんなことを言ったのでしょう。私もすぐに反応し、誰かのためと思いつつ、実は自分のために行動していることに気づきます。
 イエスさま。あなたが神にどれだけ愛され、どれだけ喜ばれていたのかを、私の心に留めさせてください。
 どうか、誰かを喜ばすことよりも、十字架に掛けられた神の子によって、私のような者さえ神の子とされたことを、心から喜ぶことができますように。目の前の出来事に反応するのではなく、あなたの御言葉に、応答する者としてください。


12月15日(木)ピリピ2:6−8
キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。

 父なる神さま。なぜ神は人となられたのでしょうか?
この驚くべき御降誕の出来事が、私の救いのためだと知りながら、いつの間にかその恵みの重大性を忘れてしまいます。それは、私自身がいつまでもプライドを握りしめ、自分を捨てられない者だからでしょうか。
 イエスさま。あなたはその偉大な力を、ご自分を誇示するためには用いず、傷ついている者、助けを必要としている者のために使い、その生涯を仕える者として歩まれました。
 どうか、あなたの神への従順を通して、こんな私をも救い出してくださった、神のご愛と恵みの大きさを教えてください。

 
12月16日(金)申命記30:19、20
私は、いのちと死、祝福とのろいをあなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい。・・・あなたの神、【主】を愛し、御声に聞き従い、主にすがるためである。まことにこの方こそあなたのいのちであり、あなたの日々は長く続く。

 父なる神さま。私にとっていのちとは何でしょうか? 
失いかけて気づくように、どこかいのちを軽んじていた自分がいます。いのちがけで損得を、いのちがけで成果や評価を求めていました。いのちは、あなたから与えられたものです。そのいのちに耳を傾けることもせず、自我の願うままにいのちを軽んじてきました。
 イエスさま。あなたは私を救うために、あなたのいのちを差し出してくださいました。
 どうか、あなたにあるいのちが、私を罪と死と律法から、解放してくだったことを心に刻ませてください。そして、いのちを選び、それを豊かに使う者へと変えてください。


12月17日(土)申命記31:6
強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、【主】ご自身があなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。

 父なる神さま。私はやはり、恐れているのでしょうか?
この先の見通しがたたず、どのような道を通らされ、どんな試練が待っているのかわからないのです。
しかし神さま。わかっていても、私は疑い、不安になってしまいます。これまでの経験やトラウマが、心から離れないのです。あなたはそれをご存知で、荒野の40年を通った民に、このお約束をくださったのでしょうか?
「あなたを見放すことも、見捨てることも絶対にしない」と。
 イエスさま。約束だけでは信じられない私に、神であるあなたが、人となって生まれてくださいました。これこそ、インマヌエルなるキリストです。
 どうか、恐れる私と共にいてください。あなたがいてくださるから、私は強くなれるのです。



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