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::: 説  教 :::


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Name   T・Y
Subject   8/14 福音伝道団・関口正人神学生の証しメッセージ:「ザーカイの回心」
File  
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8/14 福音伝道団・関口正人神学生の証しメッセージ:「ザーカイの回心」
ルカ19:1〜10、Tコリント15:10
※藤本牧師は司会
※関口神学生から事前にHPのために送っていただいたひまわりの絵がありますので、それを添付させていただきます。ぜひファイルをクリックしてご覧ください。


☆聖書箇所朗読――藤本牧師     ルカ19:1〜10

1それからイエスは、エリコに入って、町をお通りになった。
2ここには、ザアカイという人がいたが、彼は取税人のかしらで、金持ちであった。
3彼は、イエスがどんな方か見ようとしたが、背が低かったので、群衆のために見ることができなかった。
4それで、イエスを見るために、前方に走り出て、いちじく桑の木に登った。ちょうどイエスがそこを通り過ぎようとしておられたからである。
5イエスは、ちょうどそこに来られて、上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」
6ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜びでイエスを迎えた。
7これを見て、みなは、「あの方は罪人のところに行って客となられた」と言ってつぶやいた。
8ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」
9イエスは、彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。
10人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」

☆関口神学生の証しメッセージ

こんにちは。(こんにちは)。福音伝道教団の藤岡キリスト教会の関口と申します。
初めてお会いできて(笑顔になって)嬉しいです(笑)。よろしくお願いいたします。

福音伝道教団の聖会に4月に藤本先生が講師で来てくださった時に、最終日の朝に私、隣に藤本先生が座られたんで、チャンスだなと思って「ぜひ高津の教会を見学させてください」っていう風にお願いしたんです。
そうしましたら、「メッセージしてください」と言われまして(大笑)。
ちょっと計画が大分狂ってしまったんですが、これも神さまの恵みだなぁと思いまして、ほんとに喜んでメッセージをさせていただこうと思います。

はい、私はご紹介の通りに絵描きをしております。
玄関のところに桜と川の絵があります。あちらの方が「門出」という題で、そして受付の横のところに、小っちゃなミニアチュールと言いますけれども、横顔の女の子が描いてあって、マーガレットを持っている、題が「マーガレット」という題で、あれは私の娘が可愛かった頃の、ちょっと憎たらしくなって来ましたけれども(大笑)、可愛いんですけれどもね、マーガレットを持っているそういう絵です。
止まっていてくれないので大変だったんですけれども(大笑)。
そしてこちらの方が(向かって左の花台に置いた絵を指して)、ちょっとまちがっていませんよね、(裏に書いてあるのか、題を確かめて)あ、「水面輝く」ですね。水が輝いている小川の姿を描いた絵になっています。

ちょうどこれらは現場で描いているんです。私(関口神学生)現場で描くことが多いんです。
その場に行って描くというような形になるんですが、絵描きの学校を卒業してそのまま絵描きになって行ったものですから、そのまま美術学校の先生をやっていました。
そういうこともありまして、大体一枚の作品を描くのに、一時間半ぐらいで描き上げます。
ですからこの絵も現場で一時間半ぐらいで描き上げて来てしまいます。

そういうような形なので、でも期待して見に来られる方々は、
「どれくらいかかったんですか?この絵は」――明らかに長時間かかったんだろうなと思ってお聞きになる方が多いんですけれども、
「えっとですねぇ、56年かかりますかねぇ」という風に言います(大笑)。
私の年齢が56歳なものですから、ちょうど生涯かけて描いて来たものですから、そのぐらいかかっているというような意味で「56年でしょうかね」というような感じで言います。
そうしますと、「え〜っ!」と言われるんですけれども、「実際は描く時間は1時間半ですよ。それまでは私の生きて来たその蓄積のもとに描かれているのです」
その中で、「私(関口神学生)がイエスさまと出会ったことも、この絵の中に多分に込められているんですよ」ということも伝えたいなぁと頓(とみ)に思っています。

今日は、「ザーカイの回心」という題を付けさせていただきました。
先生に読んでいただきましたけれども、ザーカイの話は皆さんにとってはほんとに耳馴染みのあるお話ではないかという風に思います。
そんなザーカイのところを通して、実はですね、私の名前、正人(まさと)って言うんですね。
「ザーカイ」っていうのも、実は現地の言葉、イスラエルの方の言語に直すと「正しい人」という意味なんですね。
そういうことから考えると、同じ名前の者なんです。
ですから、ちょっとちびなザーカイではないんです(***立派なお身体を見て大笑)、私は。
ご存知の通りに、桑の木には登りません、私は。
ちょっと登るといのちの危険があるんじゃないかと思いますので(大笑)、多分人垣があっても少しは見えるんじゃないかと思います。
でも桑の木に登らないと、ちょっと声をかけてもらえないかなということも、ちょっと不安もあるんですが。
でも私は私なりに、神さまが私に応じてほんとに神さまの姿を現してくださった。
実際見たわけではなく、聖書のみことばからほんとに神さまと出会うことができたことがほんとに幸いでした。

ザーカイはチビでいて、しかも国税を取る税務署の長だったようですね。
何人もいた中の一番偉い人の方だったようなことを読んだことがあります。
ですから、その中でも、いろんなその当時のことを考えれば、ローマと言う支配国に税金を持って行ってしまう、その税金を持って行ってしまうための税金を取る役目、取税人だったわけですから、どうしても国賊的な悪名を帯びるわけですね。

しかも、ほんとに聖書の箇所を読んでいると、背が小さかったこともありますから、「あの野郎!」っていうような気持ちが、周りの人にもあったんではないかと思います。
イエスさまを見ようと思いますけれども、見に行くことがなかなかできない。
その中でザーカイは本当に「それでも見たい。それでもイエスさまに会いたい」という気持ちを込めて、いちじく桑に登ったんではないか。
そこには必死な思いがあったんではないかなという風に思います。

私(関口神学生)も実は、背のことや職業では何も揶揄されることはなかったですけれども、中学時代に、実は私がことばのいたずらにはまってしまって、そのいたずらを先生に質問してくれと言われたことがあったんですね。
それはちょうどその中学時代に女の子たちが嫌がるような言葉を聞いてくれと――私はちょっと鈍感だった、奥手だったんですね――その言葉を「はい」と手を挙げまして(笑)、質問してしまったんです。
そしたら、その先生が答えてくれればまだよかったのかもしれないんですけれども、慌てた体でバタバタと教科書をしまって、むっとした顔で帰って行ってしまわれたんですね。
私は何のことやらさっぱりわからないまんま、そのことを、ま、そういうこともあるだろうと受け留めていたんです。

当時もほがらかで、どっちかというと人懐っこい性格だったものですから、もう自分はこのまんま、幼稚園の時から夢だった絵描きになっていけるんだろうと思っていたんです。
ところが中学校一年の時、その事件を通して、あくる日から実は嫌われ者になってしまったんです。
クラスの中で、私の席の回りがぐ〜っと隙間が空くようになったんですね。
その当時こんなに太っていなかったんで、そんなに幅は必要なかったんです(大笑)。
ですけれども、隙間が空いて来て、その内に段々段々罵声を浴びせられるようになったんですね。
「あいつはとんでもない奴だ」「あいつは変態じゃないか」――そんなようなことが聞こえて来る内に、女の子だけだったものが、男の子に伝染して行って、その内「親友だよ」って言っていた人たちまで裏切って行ってしまいました。

それが続くこと三年。いや〜自分のクラスだけだったものが、隣のクラス、その隣りのクラスと広がって行って、伝染病のように広がって行ったわけですね。
その内に、私(関口神学生)の心の中に、罪の心がどんどん膨れて行きました。
嫌がらせをする人たちの名前を上げて、破くわ切るわ燃やすわ(大笑)、そのうち藁人形を作って(笑)――ま、それはやりませんでしたけれどね、5寸釘も使いませんでしたけれども(大笑)――そういう風にやりたい位になったんです。
つまり恨みを持ち始めたんですね。

それまで朗らかにすくすくと育っていたものですから、あんまり人に嫌な思いをするということがなかったんですけれども、自分の心の中に、罪の心がもうわんさか出て来るものですから、それに絶望しました、私は。
それで、私(関口神学生)は生きている価値の無い人間だと思い始めて、そして自殺を考えるようになりました。
三年間っていう日々の中で、自殺を三回ほど計画をしましたが、断念しました。
断念した自分にがっかりしました――死ぬこともできないのか、こいつは!あ、こいつはって私は!ですけれどね。
そのうちに、これはもうどうにもならないなぁって、ぷつんと音を立てるように、頭の中がポカッと真っ白になってしまいますね。
つまりすべての感情を遮断し始めてしまって、自分の顔から笑顔がすっかり抜けました。

そしてやがて、自分の心の中にぽっかりと穴があいていることに気がついたんですね。
苦しみ抜きました。もうどうにかならないだろうか?
ザーカイも苦しんだんじゃないかなぁっていう風に、ま、そんなことを記事に書いてないものですから、ただみんなから邪魔されて見せてもらえなかった、イエスさまと会わせてもらえなかったということも考えると、少し遠ざけられていたのかなというような感じもするんですけれども、
同じようなそういう自分の気持ちもあるものですから、似たような共通項を感じるんです、「名前も同じじゃないか」と。
そのような感じで生きていると、その内に私はほんとに頭の中は真っ白、心の中にぽっかりと風穴があいたまんま生活していることに気がついて、絶望を感じるようになりました。

そのまんま、一年、二年、三年を費やす中、誰も声をかけてくれませんでした。
不登校になりました。勉強もおろそかになりました。
思い出は図書館だけです。なぜ図書館かと言うと、隠れていられるからです。
いわゆる学校に行っても、休み時間に誰かと話したり、顔を合わせたりすることがない場所に行きたい。だから図書室に行きます。ですから本を読みます。
それ以外はできるだけ学校に行かない。できるだけ早く学校に行かない。できるだけ長く学校にいない――これが目標になりました。

そのまま、卒業するぎりぎりで受かった高校に入って、やっぱり同じような生活をしていました。
見慣れない顔が多くなりましたから、ま、学校に行くのは構わないですけれども、相変わらず遅刻、早退は当たり前。
でもやっぱり心の中に風穴、頭の中はポカッと真っ白のまんま、やる気のない、もうほんとに廃人のような自分だったなという風に思います。

と、ある時に、私(関口神学生)の友だちが、ま、私と同じ中学でなかった友だちが私の手を引いて、「おまえ、俺が先輩から無理やり教会に連れられて行くんだから、おまえも付き合え」と、私の腕を掴んで連れて行ったんです。
そうしましたら、教会の印象というものが自分の中では海外の印象があるものですから、荘厳な形でゴシックかなんかのがっちりしたものが建っているのかなぁと思ったら、一般住宅でした(笑)。
「お気軽にお入りください」と書いてあるんですけれども、その当時の藤岡教会――私(関口神学生)の出身教会ですけれどね――扉が、その当時のしぼくぼダムというダムの建築をしていた時の古〜い社宅をそのまま借り受けた一般住宅だったんです。
もうだいぶ時間が経っていましたので、「お気軽にお入りください」と書いてありましたが、扉が開きません(大笑)。
ガガガー・ガガー・ガガガ―、ま、そんなに太くなかったので、すっと入れる位開けられたんですけれども、ガガッと開けて中に入ったのが一回目でした。

中に入ると、牧師先生がたまたま用事のためにおられなくて、そして高校生たちがわんさか集まって歌集を刷ってたんです、ガリ版で。
ガリ版って言うと、若い子は全然わからないですね。ガリ版刷りっていうと、(両手で表現しながら)鉄筆でというのでガリガリって切って行って、謄写版にかけるんですけれどもね。手でガチャッとやっては開けては紙を入れ替え、またざっとやっているような感じなんですけれども、それを刷っていたんです。
ところが、それが素敵に見えたんです。みんな笑顔で賛美をしているんです。
それを見ながら、私(関口神学生)は「ああ、自分と違う。私はここにはもういられない」と思って、そそくさと帰ったのを覚えています。
もう二度と教会には行かないだろう、と思っていました。

ところが、しばらくしましたら、また不思議なことに、違う友だちから手を掴まれて、「教会、俺行こうとしているんだけどさ、おまえもついて来い」って連れて行かれたんです。
そしたら、今度は「入らないって言っていた割には自分も入っちゃうなぁ」みたいな感じで入って行ったんですけれども、そこに牧師先生がおられました。
私はそこで初めて聖書を開いたんです。そして賛美に出会いました。
聖書の中、ちんぷんかんぷんでした。
でも、今までの私とは違う何かがあるという風に、その中に魅力を感じたんです。

次の日から毎日のように通いました。
そして自分で聖書を購入して読み始めたんです。
良かったです。マタイから始めませんでした。創世記から始めました。
「ああ、なるほど」と言いながら読んでいったんですけれども、
そしたら、段々段々聖書の中から「おまえのこと、愛しているよ」と神さまに言われているような、そのような気がし始めたんです。
私にとっては初めての正解でした。だけども、その中に何か希望があるように私には魅力を感じたんです。

私はその中に何かあると思いながら、自分で持っている一般の教育を受けて来た者らしく、「これは違うんじゃないか?進化論があるじゃないか?神っていうのはほんとにいるのか?神がいるのになんでこんな世界になっちゃったんだ?」というようなことを疑いながら通っていました。
その度に牧師先生に質問をして行ったんです――それがとてもよかったのかもしれません。
それに対して真摯に牧師が私(関口神学生)に答えてくれました。

そのうちにあるみことばにぶつかりました。
<ヨハネの福音書3章の16節>
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

そしてもうひとつ、このことばはずっしり心に刺さりました。
<イザヤ書43章4節>
わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。

このことばの中から、ほんとに聖書の言っている神さまは、私自身も自分の事をごみだと思ったし、細菌のような存在だと思っていた私のことを、宝物のように感じてくれているんだ、扱ってくれているんだということを知った時に、神さまに対して「信じます」という言葉を私は出しました。私の救いのことばが、

<使徒の働き16章31節>
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」

ということばでした。自分も救われたい。家族もこのことを知ってもらいたいという気持ちも入りました。
この言葉をもって、私は救いを確信していきました。

そうしたら、不思議なことに絵描きを目指していたけども、実は中学時代、挫折しました。もうだめだ。私の人生はもうだめだ。どうにもならないと、もうあきらめたんですね。
ところが、神さまを信じてイエスさまを信じます、神さまを信じて、自分が今まで信じていなかったこと、また自分が罪人であったこと、人を恨むような汚い心があったこと、暗やみの世界のまま生きてきたことを悔い改めて行く中で、絵描きの道が再び復活したんですよ。すぅっと。

そして、高校二年生の時に神さまを信じ救われて、三年生になる4月の聖会の時に、「私は献身します」という風に手を挙げました。
ところが神さまはその時は止められました。
そして「おまえには、絵描きがあるだろう」ということで、絵描きの道をどんどんどんどん進ませてくださったのです。
そしてそのまま美術学校に入って行きました。
喜びをもって生活していく内に、クラスのほとんどの友だちを教会に連れて行くことが出来ました。
その時は東京の教会だったんですけれども、東京の教会にほんとに連れて行くことができました。

これは私のわざではありませんでした。喜びをもって生活している内に、神さまが聖霊によって導いてくださったわざだったと確信しています。
そしてその中から女性ですが、宣教師が生まれました。
そして、その時小さかった日曜学校の子どもが牧師になっています。
クリスチャンとして生活している人たちも二〜三人、今でも茅ケ崎の方にいたりとか、何人かいるんです。
これは「私ができた。私が偉い」ということではなくて、本当に神さまが導かれて、こういうわざを聖霊の導きによって、私を通して為してくださったことだったんだって、実感をしました。
でもそれができることが嬉しくてしょうがなかったのです。

その後に美術学校を卒業してから、絵描きとしてデビューしました。
個展を最初の年に一回目を始めました。
その次の年から、「美術学校に戻って来て、後人のために働いてくれ、教えてくれ」と言われて教え始めました。
そうしている内に、そのクラスの中で聖書のお話に興味のある人がある場合には、聖書の話をしたりとか、ほんとに「教会に行ったらどうだい?」と勧めることができるように、大胆さが身について来ました。
その中で、家内も実はその時の教え子なんです(笑)。
先生と生徒の関係でなくて、それは卒業後ですからね、ご安心くださいね(大笑)。

そんな中で、ほんとに神さまが道を開いて行ってくれて、なかなかデビューできない者が、どういうわけか展覧会の中でグランプリを取ることができたり、絵の世界でも、神さまがほんとに、私は普通の絵しか描いていないですよ、ご覧の通りに。
普通の絵を普通のように描いているんですが、ただ感じていることは何かと言うと、
神さまの恵みがこの地上に現れている、神さまのすべての恵みの中で私たちは生かされているんだ、その喜びと美しさの感動を皆さんに紹介したいという気持ちで、描いているだけなんです。

藤本先生には「聖画を描け。聖画を描け」と言われていますけど、今後の課題としていきたいと思います。
そういうことを考えながら、私はほんとに私の人生を主にささげた時に、私の願い事は一回無に帰ったのにもかかわらず、主がもう一度復活させてくださった。
そして絵描きとして生活させてくださり、今度は美術学校を止めて美術教室を開いて、もっと子どもたちに教えて行こうということで、今では地元の――私は藤岡教会に行っていますが、高崎に住んでいますが――高崎の教会でその美術教室を主宰しています。
子どもたちはお金を払いながら、イエスさまの話をする私の所に来てくれる(笑)んですけれども、
絵の勉強をしながら、ほんとに子どもたちとの楽しい交わりをさせてもらいながら、神さまの話をしたりとか、
また高校生や一般の人たちにも、聖書の話をしたり美術の話をしたりというような形で進めさせていただきます。

その中で示されて、2年前の聖会だったんですけれども、ほんとに私はこの時、「献身します」と毎年の聖会の中で手を挙げて立ち上がっていたんですけれども、その時に「今のために、今、おまえは立つんだよ」って後ろを押されて、そして献身の召命を受けました。
そしてあの16歳の時に献身しようと思った思いは、54歳で初めて正式に献身の召命を受けて、そして聖書学校に入ることができました。
もちろん絵の生活を奉げ始めました。今年はほんとに絵を、個展もあったんですけれども、捧げて、そして任用試験に向けてまた勉強に励んでいます。

しかしこの中で、ほんとに神さまが私にとって苦しかった時期、ほんとにいじめられるというか、嫌われ者になっていた時期を、イエスさまを信じることによって変えてくださって、あの苦しい時期が宝物になっているんだ、ということを改めて実感させてくださいました。
苦しんでいる人の隣に座ることができる、話を聞くことができるようになりました。
悩んでいる子どもたちの相談をほんとにできるようになったのは、このことを私が体験しているから余計に味わうことができるんだなぁと、
またその子のために、祈って行くことができるんだなぁと、その子のためにカウンセリングしていくことができるんだなぁって思った時に、
神さまは私の人生の最初から、あの苦しいことから、そして準備段階を一歩一歩進めてくださって、今のようにしてくださった。
この事に本当に感謝しています。

最後に、今回のルカの福音書の19章の10節「人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」と、もう一つ開いてよろしいでしょうか?
第一コリントの15章10節――すみません。少しお話が長くなってしまって、申し訳ありません――私がお読みします。

<Tコリント15:10>
ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私でなく、私にある神の恵みです。

多く働いているわけではありませんけれども、しかしすべての恵みは私の中で無駄になっていない。
これはなぜかと言うと、私ではなくて、神さまがその栄光の中ですべてのことを、この者を使って為してくださるがゆえに、出来上がって来ているものだなぁという風に私は実感しています。

初めてイエスさまとお会いし、イエスさまを信じた日、自分の家に帰って手を洗いました。
そしてふっと見上げると、鏡が目の前にあるんですけれども、4年ぶりに自分の笑顔に出会いました。
4年間、笑顔を忘れていた私に、笑顔を戻してくださったのは神さまでした。
そしてその笑顔の中から、私に熱い涙を流させてくださったのは、感謝の涙を流させてくださったのは、神さまであったと、ほんとに今でも心から感謝しています。

☆お祈り――関口神学生

愛する天のお父さま、インマヌエル高津教会のこの礼拝にこの者を加えてくださり、証しとメッセージをしました。ザアカイの話がほんとに中座のままになってしまいましたが、ザアカイはほんとに悔い改めて、自分の財産を投げ打って悔い改めている姿が、そして救われた姿がその中にあったことを感謝いたします。
この者をも主がとりなしてくださり、導いてくださった中に、あなたの道が備えられ、そして恵みの道が与えられていることを感謝いたします。これからも主を宣べ伝えて生きて行きたいと願っております。
どうぞこの高津教会の皆さんの上に、神さまの豊かな恵みと憐れみがあり、そして主の霊の恵みが満ち溢れますように、お一人おひとりの心の中に主が行き渡ってくださり、足らない者のメッセージをどうぞ足るものとして変えてくださいますことをお願いします。
この時を感謝しつつ、皆さんの祝福を祈りつつ、愛するイエスさまのお名前によってお祈りいたします。アーメン。


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