☆聖書箇所 マルコ14:32〜42
32さて、彼らはゲッセマネという場所に来た。イエスは弟子たちに言われた。「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい。」 33そして、ペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れて行かれた。イエスは深く悩み、もだえ始め、 34彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここにいて、目を覚ましていなさい。」 35それからイエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、できることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈られた。 36そしてこう言われた。「アバ、父よ。あなたは何でもおできになります。どうか、この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしの望むことではなく、あなたがお望みになることが行われますように。」 37イエスは戻り、彼らが眠っているのを見て、ペテロに言われた。「シモン、眠っているのですか。一時間でも、目を覚ましていられなかったのですか。 38誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい。霊は燃えていても肉は弱いのです。」 39イエスは再び離れて行き、前と同じことばで祈られた。 40そして再び戻って来てご覧になると、弟子たちは眠っていた。まぶたがとても重くなっていたのである。彼らは、イエスに何と言ってよいか、分からなかった。 41イエスは三度目に戻って来ると、彼らに言われた。「まだ眠って休んでいるのですか。もう十分です。時が来ました。見なさい。人の子は罪人たちの手に渡されます。 42立ちなさい。さあ、行こう。見なさい。わたしを裏切る者が近くに来ています。」
☆戸塚伝道師の説教 苦しみもだえる救い主
今日は「棕櫚の聖日」ですが、なぜ「棕櫚の聖日」と言われるのか? これはイエスさまが私たちのために十字架にかかってくださるために、エルサレムに来られた日であります。 ろばの子に乗って、「ホザナ、ホザナ」の祝福の声を受けて、そして歓迎された。そういう日を記念する、それが棕櫚の聖日。 ヨハネの福音書12章の12節には、「迎えに出て来た群衆が手に手に棕櫚の木の枝を持っていて」、道端の人は「木の枝を切って敷いた」(***マタイ21:8、マルコ11:8)とありますが、その棕櫚から「棕櫚の聖日」と名づけられました。
その「棕櫚の聖日」から始まるこの一週間を受難週と言います。 月曜日(※日曜日?)から来週の復活の朝に至るまで、様々な事が為されて来たわけであります。 月曜日は、エルサレムの神殿で商売をしている人たちをイエスさまは追い出しました。 火曜日はエルサレムの神殿の中で問答や説教をされ、 水曜日はベタニアのシモンの家で食卓でナルドの香油を注がれます。 木曜日は最後の晩餐、ゲッセマネの夜。 金曜日、十字架の金曜日、カルバリ。 土曜日に墓の中に葬られ、そして日曜日の復活と続きます。 (※土曜日は当時安息日だったので、金曜日に墓に葬られて日曜日に復活ではないでしょうか?) そのような一週間がこの一週間であります。
この朝、「苦しみもだえる救い主」と題して、3つの視点で恵みを共に分かち合いたいと思います。
1)木曜日のゲッセマネのイエスさま
これをこの朝特に心に留めてみたいと思います。 そのゲッセマネのイエスさまの様子を、よくこのみことばから読みますと、イエスさまの様々な感情の動きが読み取られます。 この朝、その感情の動きを5つ追ってみたいと思うんですけれども――
@イエスさまはとても心細かったということが解ります。
(マルコ14章)32節からご覧ください。
32さて、彼らはゲッセマネという場所に来た。イエスは弟子たちに言われた。「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい。」 33そして、ペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れて行かれた。イエスは深く悩み、もだえ始め、 34彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここにいて、目を覚ましていなさい。」
「ここにいて、目を覚ましていなさい」――「ここにいて」という言葉ですけれども、 マタイの福音書26章の38節には、「わたしと一緒に目を覚ましていなさい」と訳されています。 「わたしと一緒に目を覚ましていなさい」――イエスさまは一人ではお祈りしたくなかった。弟子たちが共にいてくれることが、どうしても必要だったんですね。 だから「わたしと一緒に目を覚ましていなさい」という命令形で書かれていますけれども、 心の中は、「わたしと一緒にいておくれ」――そういう思いだったのではないかと思います。
私たち人間は大きな危機に直面した時に、誰かにそばにいてほしいと本能的に思います。この記事を読むと、イエスさまがそれまで出会ったことのなかった、非常に深い孤独を感じさせられているのではないだろうかと想像します。 「わたしが祈る間、ここに座っていなさい」――ペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れてお祈りした。 しかし、目を覚ましていてほしかったのに、弟子たちは最後の晩餐で食した夕食でお腹いっぱいになって(笑)、しかもぶどう酒のせいで酔いが回って眠気に襲われて、 イエスさまが一人厳しい試練に耐えている間に、眠ってしまった。 イエスさまは辛い思いで、37節のカギカッコに、シモン・ペテロに向かってこう言っていますね。
37……「シモン、眠っているのですか。一時間でも、目を覚ましていられなかったのですか。
イエスさまは心細かった。
Aイエスさまは恐れ、もだえられました。(マルコ14章)33節――
33そして、ペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れて行かれた。イエスは深く悩み、もだえ始め、
と書いてありますが、以前の第3版の訳ですと、「深く恐れ」と訳されています。 深く恐れ、もだえ始める。 他の訳では、「彼は恐怖、驚きに打たれて、深くみこころを騒がせ、うち沈み」とそのように訳されています。 恐怖――イエスさまは何が怖かったのでしょうか? それは「死」です。死ぬのが怖かった。イエスさまとあろう者が死ぬのが怖い? 殺されるのが怖い。十字架の苦痛が怖い。怖かった。
私(戸塚伝道師)の心と同じです。私も死ぬことがすごく怖い。 信仰を持っています。天国に行って、やがて復活のからだをいただく。それは分かっています、頭では。 でも死ぬのが怖い。その時の、死ぬ時の苦痛はどんなものなのだろうか? 死に直面するってどういうことなのだろうか? 二人に一人が癌になるという、そういう時代ですので、 私もその二人のうちの一人になった時、「癌ですね、あと…か月ですね」と言われた時、どういう思いで生活するんだろうか?
でも翌日に死に直面しておられたイエスさまは、それ以上に怖かった。 もだえるほど、と書いてあります。悶えるほど怖かった。
B(マルコ14章)34節に書かれていますが、「悲しみのあまり死ぬほど」であった。
悲しみのあまり死ぬほどだった。 イエスさまは、「わたしのたましいは、非常に悲しんでいて、苦悩に押しつぶされていて、死ぬばかりなんです」と。「死にそうなんです」と。 さらに、言うならば、「もう死にたくなってしまう程、なんです」。 全人類の罪を、その裁きを背負う苦悩、これは私たちには全く分からない世界。 精神的に押し潰されるような……
「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです」と言われたのは、誰に向かって? 一緒にいたペテロ、ヨハネ、ヤコブに向かってです。 「わたしは死にそうです。死ぬほど辛いです。悲しいです。 だからここを離れないで目を覚ましていなさい。」
で、この後、イエスさまは立ち上がって、前の方へ進んだということが35節に書いてあります。
35それからイエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、できることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈られた。
「進んで行った」――恐らく大変な闘いだったのでしょう。 天の父なる神さまとのせめぎ合いとも読めるような、そういう思いで進んで地面にひれ伏して、そして4つ目の心の動きが書いてあります。
C(マルコ14章)35節の真ん中に、できることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈られた。
36そしてこう言われた。「アバ、父よ。あなたは何でもおできになります。どうか、この杯をわたしから取り去ってください。……
これは、はっきり言って、イエスさまは十字架にかかりたくなかったんです。 たとえ父なる神さまのご計画であり、みこころであったとしても、本音の所は十字架にかかりたくなかった。 36節に「アバ、父よ」とありますね。「お父ちゃん」です。「パパ、お父ちゃん」ですよね。 「パパ! パパにできないこと、何もないよね? でもどうかこの杯――十字架に掛けられることです、杯というのは――この杯をわたしから取り去ってください。 十字架にかかりたくない。お父ちゃん」
このイエスさまの願いに、天の父なる神さまが応じていたら、何が起こったでしょうか? イエスさまも自分の意志を貫き通したら、どうだったでしょうか? イエスさまは100%人間になられましたけれども、100%神さまであることには変わりなかった。 もしこの時、イエスさまが自分の意志を貫き通し、 天の父なる神さまもそのイエスさまの求めに応じていたら、 恐らくイエスさまのために12の天使軍団、7万2千人の天使軍団を呼び寄せて、 ゲッセマネの園で激しい戦いが始まったかもしれない。 そして悪の問題を、ものすごい力で、あっという間に解決したかもしれない。 でもそうしたら、十字架も復活もないんですね。教会そのものも存在しなかったでしょう。 そして神の国は、そのパワーで、嵐のように力づくで私たちに襲い掛かっていく。 神さまの全能の力をフルに働かせたとすると、逆に「あ、やめてください、神さま」と言わざるを得ないような事が起こっちゃうかもしれない。
私たちは神さまの全能の力に期待してお祈りするわけですね。 神さまの奇跡的な力に期待してお祈りしますが、でも、その祈りに100%答えられてしまったら、逆に私たちはどうなってしまうのだろうか? むしろじっくり祈り、じっくり悩みながら、思い巡らしながら、神さまの恵みを味わいながら、日々生活する方がいいのかもしれない。 なんかそんなことを考えさせられます。
しかし5番目のイエスさまの感情の動き―― Dこの願いの後に36節のど真ん中に、「しかし」という言葉があります。
36……「……しかし、わたしの望むことではなく、あなたがお望みになることが行われますように。」
まだちょっとこの訳に慣れないんですね、私(戸塚伝道師)は。 他にも「新改訳2017」で、違和感を感じるところがいっぱいあるんです。 「前の方がよかったのに、何でこんな風に訳しちゃったの?」と。 ま、聖書の研究で、最新の聖書学の研究でそういう風に訳されたのでしょう。
ここ、以前の訳ですと、 「わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください」(第3版)――こう訳されています。 「わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください」――こういう風に祈る気持ちに変えられた。 ま、腹をくくったんですね、イエスさまは。覚悟された。
イエスさまは不安だった。でも、お祈りしたら覚悟した。 ペテロや弟子たちは最初覚悟した。「イエスさまのためなら、たとえ死んでも構いません」(***31節)。 でも眠っちゃって、最後に逃げちゃった。対照的ですね、イエスさまは。
この時、ルカの福音書の22章の43節〜44節には――
43〚すると、御使いが天から現れて、イエスを力づけた。 44イエスは苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。〛
こう書かれています。
二つ目の視点ですが―― 2)現実を受け止めるイエスさまの境地、これを思い巡らしてみたいと思うのですが――
36節、「どうか、この杯をわたしから取り去ってください」と「しかし」までの時間はどれぐらいだったのだろうか? すぐに「わたしの望むことではなく、あなたのお望みになることが行われますように」と申し上げたんだろうか? 私(戸塚伝道師)には、そう思えない。 もしかしたらここでイエスさまは、かなり悩み、苦しまれた挙句に、「しかし」が出て来た、そう思うんですね。
私たちもそう簡単なことではない。信仰一本で割り切るということはなかなか難しい。 勿論口で告白することはできます。そういう信仰に立ちますっていう風に。神さまがいれば大丈夫です、と。 でもなかなかこの割り切るということは難しい、そう思うんですね。
この割り切りの境地、腹をくくる、それを「聖なる諦め」と言った方がいます。 それは鈴木秀子さんという人で、東京大学の人文学科研究科の博士課程を修了して、いまは聖心女子大学キリスト教文化 研究所研究員、なんかすごい肩書きがあるんです。 ま、早い話がシスターをやられていた、そういう方です。
「聖なる諦め」――「聖なる明らめ 」とは前向きに諦めることなんだと。 物事に執着しない諦めと共に、物事を明らかにする明らめ――こちらのあきらめっていうのは明るいという字に、送り仮名のらめを付けて、明らめ――この二つからなる人生を賢く生き抜く知恵、これが「聖なるあきらめ」だと、この鈴木秀子さんは言っています。 鈴木秀子さんの本の中に、こういう文章がありますので、ちょっとご紹介いたします。
「不幸の中にも幸せの種はある」――そういう題の文なんですけれども、鈴木秀子さん、こういうことを書いています。
夫も子どもも失った悲しみを「聖なるあきらめ」で乗り越えたAさんの話をしましょう。 Aさんと私は、東日本大震災の10か月後、被災地を訪れた際に出会いました。
Aさんは相次いで家族を亡くすという悲しい運命に見舞われました。 先ず交通事故で夫が急死します。 それから一か月も経たない内に東日本大震災が起こり、津波の被害によって、一人息子のB君が行方不明となります。 けれどもAさんは今、震災で家を失った子どもたちをお世話する活動に携わり、毎日を充実させて過ごしています。 そして「すべてを良い意味で諦めました」と語ってくれました。 家族全員を失った後、どうしてAさんは心を立て直していけたのか? それは息子さんとの別れから大きな恵みを感じ取り、大きな不幸の中から大きな幸せを見出すことができたからなのです。
で、こういう文章が続きます。
2011年3月11日、B君は風邪で小学校を休み、自宅で寝ていました。 地震の後、Aさんは津波が来る、ということを知ります。 AさんはすぐにB君と避難することを決めます。 夫がいない今、B君を守って上げられるのはAさんしかいません。 一階で布団に包って寝ているB君に 「あなたの一番大事なものを一つだけ持って、すぐに玄関に出て」と告げました。 3月とはいえ、まだまだ寒い日が続いていました。 これからしばらく外に出ていなければならないかもしれない、と思ったAさんは、B君のジャケットを取りに二階へと駆け上がります。 B君の風邪をこじらせては大変ですから。
その時、Aさんは、階段の下からB君のこのような叫びを耳にします。 「お母さん、ぼくの一番大事なものを持ったよ。」 階段越しにAさんは、B君が意外なものを掲げているのに気づきます。 それはなんと、一か月前に事故死したB君の父親の遺影でした。 この切羽詰まった状況の中で、B君はお父さんの遺影を選んだのです。
その瞬間のことです。外から大きな津波がやって来ました。 家全体に大きな衝撃が走ります。この衝撃は津波なんだろう、Aさんはそう感じつつ大きな恐怖とショックに襲われます。 そして津波のとてつもない水圧に巻き込まれてしまいます。
1階のB君が気になりますが、駆け降りることは到底叶いません。 彼女はそのまま二階で意識を失ってしまいました。 しばらくして、Aさんは意識を取り戻します。 AさんはB君を捜します。けれども、その姿は見当たりません。 家の中の家財道具はきれいになくなり、柱などの枠組みだけがかろうじて残されていたのです。 津波は一階のものを根こそぎ海へと呑み込んで行ったようでした。 B君のことを思って、二階へわざわざ彼のジャケットを取りに行ったAさんが生き残った。そして1階に残っていたB君が津波にさらわれたのです。
それからAさんはB君を何日も捜し続けます。 倒壊した家のがれきを押しのけ、会う人会う人に「息子を見なかったか?」と何度も尋ね、B君が歩いているのではないかと、朝に夕に海辺を歩きます。 けれどもB君は帰っては来なかったのです。
その時のことを思い出して、Aさんは私にこう話してくれました。 「あなたの一番大事なものを一つだけ持って、すぐに玄関に出て」 息子にそう告げた時、彼はきっとゲームを持って避難するだろうと思っていました。 それがまさか、父親の遺影を一番大事なものと選択できるように育っていたなんて、驚きました。 そのような家族を一度でも作れたということが、私の大きな誇りであり、喜びです。 息子はあの時9歳でした。子どもを授かり、9年間一緒に過ごせた。夫と良い家庭を築けた。 そんな思い出が、これからの私を支えてくれると思います。
Aさんは、家族という大切な宝物を失った。 でもその家族とのすばらしい思い出、それは心の中から決して消えることはありません。 そしてAさんは、震災で親を失った子どもたちをお世話する活動に、新しい気持ちで携わっていくことで、新たな自信と生きる喜びを獲得しながら、暮らしを続けている。 つまり現状を把握するという諦めを行うことで、自分も周りも幸せになる生き方を見つけられた。 Aさんの諦める力は、辛い過去にこだわり過ぎるのではなく、新しい選択に向かうという方向に強く働いています。
鈴木秀子さんはこのような文章を書いています。(※――引用はここまで――)
もしかしたら、イエスさまも新しい選択をこの時されたのかもしれません。 そして、この新しい選択をされた後、イエスさまは、つきものが落ちたかのように、 41節、ご覧いただきたいと思います。マルコの福音書14章の41節――
41イエスは三度目に戻って来ると、彼らに言われた。「まだ眠って休んでいるのですか。もう十分です。時が来ました。見なさい。人の子は罪人たちの手に渡されます。 42立ちなさい。さあ、行こう。見なさい。わたしを裏切る者が近くに来ています。」
イエスさまは眠たげな弟子たちを起こすと、暗やみを憶することなく抜けて、自分を売り渡して殺そうとする、そういう者たちのもとへ向かって行くわけですね。 「あなたのみこころのままを、なさってください」 「あなたのお望みになることが行われますように」
で、イエスさまのその後、それはカルバリの十字架でした。 ゲッセマネ以上の、圧倒されるような心身の苦痛や激痛。 しかももっと辛いことは、「アバ、父よ」と父なる神さまにイエスさまがお祈りしていたにもかかわらず、 その父なる神さまからも見捨てられてしまったような絶望感、孤独感に押しつぶされ、 もう十字架の上で絶叫している姿を、聖書の記事から見ることでございます。
しかし、その十字架の上でも、もう一つの覚悟、究極の腹のくくり、それをされます。 「父よ。わたしの霊をあなたの御手にゆだねます。」 ルカの福音書の23章の46節にありますが、地上生涯の最後の言葉がこの言葉でした。 「父よ。わたしの霊をあなたの御手にゆだねます。」
最後、三つ目の視点ですが、 3)イエスさまのこの苦しみもだえにあやかる生き方、それを私たちもいただきたいと思います。
苦しみもだえるイエスさまは、ゲッセマネにおいて、カルバリにおいて、死の苦しみ、悲しみ、痛み、辛さを100%経験されました。 100%経験されたこのお方が、私たちの救い主なんですね。 どうにもならない厳しい現実に、腹をくくり、覚悟し、「聖なる諦め」をし、すべてを神さまにゆだねる――そういう体験をされたお方が私たちの救い主。
私たちは、イエスさまのような苦しみ、人生の中で経験しないでしょうね、恐らく。 いや、するかもしれない。でも、イエスさまのような苦しみはしないかもしれない。 でも今週の歩みにおいても、大小様々な問題課題に直面することは確か。 でもこのイエスさまの苦しみを思うと、私たちに、苦しみもだえたイエスさまが私たちの救い主であられたということが、どんなに大きな慰めになるでしょうか?
やがて地上生涯を終える時、どこで終えるのかわかりません。いつ終えるのか分かりません。何が原因で終えるのかわかりませんけれども、 私たちは死の苦しみや、痛みや、辛さを100%ご存じのイエスさまに手を握られて、地上を去る、そういう恵みが待っている――そのことを覚えたいと思います。
受難週を前にして、私たちの救い主は「王の王、主の主」ではなくて、 「苦しみもだえる、無力な救い主」、そのような救い主が、 私たちの一人ひとりの隣りにいてくださるということを思い巡らしながら、 この受難週を過ごしていきたいと思っています。
☆お祈りをいたします。 戸塚伝道師
イエスさま、感謝いたします。ゲッセマネでのあなたをこの朝、思い出しました。父のみこころのままをなさるようにお任せし、そして直面した十字架の上で、最後は父にご自分の霊をゆだねるような、現実を真正面から受け止められた、イエスさま、あなたの生きざまに圧倒されます。私たちには、あなたのようなゲッセマネやカルバリはないかもしれません。しかし現実のどうすることもできない様々な問題や試練を前にした時、私たちはあなた以上に恐れ、悶え、苦しみ、呻くかもしれません。
しかしあなたはすでに死ぬことさえも体験されたお方ですから感謝いたします。私たちの苦しみを100%解ってくださるあなたと共にこの一週間も、そしてこれからの人生も歩ませてください。愛する、「苦しみもだえを経験された救い主」イエスさまのお名前によって、父なる神さまにお祈りいたします。アーメン。
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