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::: 説  教 :::


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Name   T・Y
Subject   12/20クリスマス礼拝:「行って、同じようにしなさい」ルカ10:25〜37
☆聖書箇所   ルカ10:25〜37
  25さて、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試みようとして言った。「先生。何をしたら、永遠のいのちを受け継ぐことができるでしょうか。」
26イエスは彼に言われた。「律法には何と書いてありますか。あなたはどう読んでいますか。」
27すると彼は答えた。「『あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい』、また『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』とあります。」
28イエスは言われた。「あなたの答えは正しい。それを実行しなさい。そうすれば、いのちを得ます。」
29しかし彼は、自分が正しいことを示そうとしてイエスに言った。「では、私の隣人とはだれですか。」
30イエスは答えられた。「ある人が、エルサレムからエリコへ下って行ったが、強盗に襲われた。強盗たちはその人の着ている物をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。
31たまたま祭司が一人、その道を下って来たが、彼を見ると反対側を通り過ぎて行った。
32同じようにレビ人藻、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
33ところが、旅をしていた一人のサマリア人は、その人のところに来ると、見てかわいそうに思った。
34そして近寄って、傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで包帯をし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行って介抱した。
35次の日、彼はデナリ二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』
36この三人の中でだれが、強盗に襲われた人の隣人になったと思いますか。」
37彼は言った。「その人にあわれみ深い行いをした人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って、同じようにしなさい。」

☆説教  「行って、あなたも同じようにしなさい」
皆さん、よく来てくださいました。

短くクリスマスのための説教の箇所、読んでいただきました。
ご覧いただきたいと思います。
今年はルカの福音書の10章に出て来ます「よきサマリア人」と呼ばれます、有名なイエスさまの話を選びました。
エルサレムからエリコに向かう、ま、大都会を結ぶ街道上で、ちょうどここから東京駅位ですね。
しかし高低差は1000メートル位あります。
そこである旅人が強盗に襲われ、半殺しになっていたという場面であります。
そこで見たものというのは、簡単に言えば私たちの生活そのものであり、私たちの姿であります。
この物語に出て来る登場人物は私たち自身だと考えて、物語の登場人物に分けて、三つのポイントで簡単に理解しておきたいと思います。

1)先ず、この傷ついている人に目を留めてみましょう。

30節をご覧ください。

30イエスは答えられた。「ある人が、エルサレムからエリコへ下って行ったが、強盗に襲われた。強盗たちはその人の着ている物をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。

まだ息はあるのでしょう。しかし傷だらけで、苦しんでいます。
聖書によると、その人の名前も、年齢も職業も分かりません。
お金持ちなのか、貧しい人なのかも分かりません。

それでいいんですね。そこに傷つき、倒れている人は、ある時の私たちなんです。いいですか?

エリコへの道は、人と人が行き交う生活の道です。そこで私たちは傷ついて倒れます。
家族の中で、傷つき倒れている人がいます。
病に倒され、痛みにやつれ、熱に苦しんでいる人がいます。
時に寂しくて、孤独に悩んでいる人がいます。
私はクリスマスになるとよくこの話をしますけれども、「子猫のクリスマス」という絵本があります。
サンタさんが、プレゼントを配りながら、雪の道を行くんですけれども、
その道の途中で、雪の中で凍えていた子猫を見つけます。
サンタさんはかわいそうに思い、拾い上げて、ポケットに入れます。
そうしながら、子どもたちの家を一緒に回るんです。

最後の家に来ますと、女の子が寝ていて、靴下の中のサンタさんへのメッセージが、
「何も要りません。お友だちがほしい」という一言でありました。
サンタさんは子猫をポケットから取り出して、その靴下の中に入れました。
「何も要りません。お友だちがほしい」という、そういう傷ついた心の叫びもあります。

一目で見てわかる傷もあれば、心の中に隠れている傷もあります。
イエスさまは仰います。
「あなただよ。あそこで傷ついて倒れている人、その人はあなたの隣人でもあるし、でもまたあなたでもある」と。

2)厳しい冷たい現実を認めていただきたいと思います。

31たまたま祭司が一人、その道を下って来たが、彼を見ると反対側を通り過ぎて行った。
32同じようにレビ人も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。

ここには「ある人」とは書いてありません。
祭司、レビ人と、きちっと立場が書いてあります。
この二つの立場の人々は、当時立派な人々でありました。
どちらかというと、宗教家でありました。
彼らは傷ついている人、倒れている人を確かに見ました。
見るには見ました。でも関わりたくない。手を汚したくない。面倒臭い。疲れている。関わっている余裕がない。
理由は色々、もう山程あるに違いありません。

一瞬、目はそちらに行くんですけれども、その時既に足は別の方向に向いていました。
つまり、所詮他人事という出来事が沢山私たちの人生にあります。

イエスさまは、今度は私たちに仰います。
「ほら、あそこで通り過ぎて行くのは、あなたではないか。」
見るには見るけれども、すぐに足を反対側に向けて、そして自分が関わらないように反対側を歩いて行く。
あれは、自分のことに夢中で、周りの苦しみに目を向けない、それはあなたではないか、です。

3)すると、三番目の登場人物が出てまいります。33節〜35節。

33〜35節をもう一度読みます。
33ところが、旅をしていた一人のサマリア人は、その人のところに来ると、見てかわいそうに思った。
34そして近寄って、傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで包帯をし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行って介抱した。
35次の日、彼はデナリ二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』

当時の習慣で、ユダヤ人とサマリア人の交流は全くありませんでした。むしろ、敵対関係の中にありました。
でもそんなことは関係がない。
このサマリア人は旅の途中、そこに来合わせた彼を見て、かわいそうに思い、近寄って傷に手当てをし、そして家畜に乗せ、宿屋に連れて行き介抱してやり、次の日に宿屋の主人にお金を渡して、「介抱してあげてください。また帰り道に立ち寄りますので、不足分があれば私が払いますので」と。

この良きサマリア人の心は33節の最後に出て来ます。
その人のところに来ると、「彼は、見てかわいそうに思った。」
「かわいそうに思った」――もともとの言葉は非常に難しい、スプランクニゾマイというギリシャ語なんですけれども、でもそんなに難しくないんですね。
このスプランクニゾマイというギリシャ語から、英語の「シンクロナイズ」という言葉が出て来て、そこからシンクロナイズド・スイミングという言葉も出て来ます。
「シンクロナイズ」「かわいそうに思う」というのは、心と心、動きが一つになる。動きを合わせるという意味です。
自分の心が、その人の痛みの方へと動いて、その人の苦しみ・辛さが自分の方へ伝わって来た。
だから「かわいそうに思った」という表現になっています。

さて、今日の話はここからであります。
宗教改革で有名なドイツのマルチン・ルターは《この良きサマリア人こそがイエス・キリストだ》と言いました。
倒れているのは私たち、見て見ぬふりをして通り過ぎて行くのも私たち。
でも人を助ける以上に、私たちは傷ついている自分、悩んでいる自分、心配している自分、困っている自分にもっと目を留めなさい。
倒れている自分がいる。罪深い自分がいる。寂しくて不安な自分がいる。

でもそれだけではない。
苦しんでいる人を見て見ぬふりをしている自分もいる。
それもまた、私のことだと考えなさい。

そしてルターは言います。
そんな私たちをかわいそうに思い、助けの御手を差し伸べてくださるのは、イエスさまだと。
倒れている私にも。見て見ぬふりをする自己中心な私にも、イエス・キリストは等しく、手を差し伸べて助けてくださる。
そして、私たちの傷ついているところを、醜いところを、思いやりのない心を、主イエスは癒してくださる。
そのようにしていただいている間に、私たちはイエスさまのように人に同情する心を持つ人間になる。
この方の優しい心がわかるようになるんですね。
やがて、私たちはみな、この方の差し伸べて来る神の手に癒やされます。
見て見ぬふりをするどころか、時には強盗となって人を傷つけている自分の醜さも考えさせられます。
でも、その醜さでさえ主イエスは癒してくださるということを、私たちは知っています。

さて、今日のクリスマス説教の話は、最後4番目です。
4)良きサマリア人をイエスさまと解釈する、ルターの独特な解釈。

これに基づいて判断をいたしますと、ちょっと展開が変わっていきます。
つまり、本来のイエスさまの話では、「隣人とは誰のことですか」というその質問から始まっていますよね。29節に――

29 しかし彼は、自分が正しいことを示そうとしてイエスに言った。「では、私の隣人とはだれですか。」

で、今お話ししたイエス・キリストのお話の最後に、36節――

36「この三人の中でだれが、強盗に襲われた人の隣人になったと思いますか。」
37彼は言った。「その人にあわれみ深い行いをした人です。」……

「だれが隣人となり、あなたも誰かの隣人となりなさい」――そういう流れではないですか。

「私たちにとって隣人とは、何も同国人とは限らない。近所の人たちでもない。それは誰でもいい。私たちが出会う人みんな。神さまが私たちに出会わせてくださる人みんなが私たちの隣人なんだ。
もしかしたら、それは敵対関係の国の人なのかもしれない。しかしあなたの助けを必要としている人は、誰でもあなたの隣人です。
良きサマリア人が、本来敵対関係にあるユダヤ人、しかも血まみれになっている、関わると非常に厄介なことになるかもしれない、その人を同情をもって助けました。
あなたも行って、同じようにしなさい」
と考えるのが、いいですか、物語の本筋なんですね。それは正しい解釈の仕方です。

しかし、ルターが解釈したように、この良きサマリア人がイエスさまだとしたら、
そして、私たちみながイエスさまによって既に助けていただいた者だとしたら、
「行って、同じようにしなさい」(37節)というのは、さらに深い意味を持つようになります。
つまりイエスさまは私たちに仰るんですね。
「行って、あなたも同じように、わたしがあなたに助けの手を差し伸べたように、あなたもまた助けの手を周囲に差し伸べなさい。
わたしが神の子としての栄光を捨ててあなたのところに降り、あなたと共にいるように、わたしがあなたの罪を背負って十字架にかかったように、
あなたもまた助けの手を差し伸べ、そして十字架を背負うように犠牲を払い、周囲の者たちを助けてあげなさい。
わたしの救いを受け取ったあなたたちも、行って同じようにしなさい」
という、物語の筋からはちょっと外れるかもしれませんけれども、さらに奥深いメッセージを汲み出すことができます。
これが、クリスマスに私たちが聞かなければいけない、主イエス・キリストの声です。

《イエス・キリストは私のために――時には強盗になり、時には被害者になるような私たちのために――天から降りて来て、栄光を捨てて私たちと共に住み、私たちに救いの賜物をくださり、私たちを癒やしてくださった。
それを受けた私たちは、「行って、同じようにしなさい」という言葉を受けて、同じように周囲の人たちに助けの手を伸べるようになる。》
ということをことさら覚えるのが、クリスマスでありましょう。

一つ話をして終わりにいたします。
牧師の息子さんで、ドイツ文学者として活躍し、中央大学で教え、フェリス女学院の理事長になりました、小塩節(おしお・たかし1931〜)という先生がいらっしゃいます。(オシオというのは)小さな塩、そしてタカシというのは、季節の節ですね。
沢山の著作があります。秋田のYMさんは、ドイツ文学が専門ですからよく知っておられると思いますが、その一冊に「主よ」(※と思わず付けてしまって、主よという言葉はないんだ、と訂正して)『人の望みの喜びを』という本があります。
その中に「借金」と題された一節がありますので、それを紹介して、今年のクリスマス説教を閉じたいと思います。

小塩先生は、東京大学を卒業した後に、国際キリスト教大学の専任講師になられました。非常にまだ年齢が若くて。
ちょうどその頃、なんとご長男が重い病気にかかり10カ月も入院されたそうです。
すっかり経済的に困窮してしまわれました。
そのことを知ったあるスイス人の教授が、ご自分の給料袋を小塩先生のところに持って来て、そのまんま差し出して仰ったんですね。
「日本人というのは、お金を不浄なものと考えるっていうのは、本当かね?
別にお金は不浄なものではないよ。
あなたはお金が要るだろう。あなたにこのお金であなたをお助けしたい」
と仰ったというのですね。

当時の外国人の教師の給料は、日本人の給料の10倍だったそうです。
小塩先生は、給料袋丸ごとというお話に大変戸惑って、そして一度は断りかけるんですけれども、自分の抱えている必要の大きさを考え、深く感謝して受け取られました。
文章にはこう書いてあります。
――引用の始め――
「本当にどうもありがとうございました。ご厚意は忘れません。」
そうわたしが言うと、彼は大きな声で言った。
「日本人はダンケを言いすぎる。ダンケっていうのはありがとうですね。そしてすみません、というのも言いすぎる。
いま直ぐ、ここでのことは忘れてくれ。ひと言、一回限りでいいんだ」
すると、小塩先生は、
「いやいや、先生がしてくださったこと、わたしは生涯忘れません」
すると、そのスイス人の教授が、
「なに、忘れない?何回もありがとうと言うつもりなのか?ぼくの顔を見る度にありがとうと言うつもりなのか?」

ここからがなかなかいいんですね。(※と口を挟む藤本牧師)
「だったら、その金を返してもらう」
小塩先生は、わたしは二度びっくりしたと――「だったら、その金を返してもらう」

「返してもらおう。ただし、わたしにではない。
あなたの生涯で、あなたの今と同じような状況の友人に、あなたはこれから出会うだろう。その人たちに今日のその恩義を返してあげてくれ」
そう仰って、スイス人の先生は部屋を出て行かれたそうです。

小塩先生の文章をそのまんま読みます。

「……わたしはその後二度と彼に『ダンケ』ありがとうを言っていない。そして『返してくれ』と言われたあのお金は、もうずいぶん返したつもりである。
 金額にすれば、ずっと多いだろう。けれどもあのお金は、わたしにとっては重い借金でもある。(※ですからエッセーのタイトルが「借金」なんです、と説明)いくら返しても返し切ることはできない。わたしはこの借金も友情の負い目として、一生負い続けていくだろう」と。
――ここまで引用終わり――

それは、イエスさまが仰った「行って、同じようにしなさい」と同じではないかと思いますね。
この良きサマリア人に助けられた、ユダヤ人の半殺しの目に遭った傷ついた人、その彼がこの後どのように生きたのか、というのはイエスさまの話では出て来ません。
でも彼は敵国であるサマリア人からあのように助けられたということは、一生忘れないはずです。
そしてこれから先、彼が旅する時に、あるいは普通に日常の生涯を歩む時に、もし困っている人があれば、機会あるごとにその人に助けの手を差し伸べることができたに違いない。
クリスマスっていうのは、私たちを助けるために、栄光を捨てて地上に来てくださったイエス・キリストを私たちは心から賛美します。
それはすなわち、私たちはキリストの心を受け取って、「行って、同じようにしなさい」というキリストの言葉も受け取ることではないでしょうか?

☆お祈りをいたします。――藤本牧師
恵み深い天の父なる神さま、どれほど多くの恵みをいただいたでしょうか。沢山の苦労もあった今年でありました。大変気が落ち込む一年であったかもしれません。でもこのクリスマス・新年を越えて、私たちは希望を抱いて生きて行こうと思います。なぜなら至るところにあなたの助けの手があり、至るところにあなたの守りの手があり、ここまで来ることができました。
あなたからいただいた恵みを、私たちはあなたに返そうとしますけれども、いやそれ以上に、あなたの周囲の人にそれを返しなさいと、あなたはそのように優しく私たちに仰るお方であります。どうか私たちにあなたが抱かれたやさしい憐れみの心を与えてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。

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DATE: 2020.12.20 - 19:58
LAST UPDATE: 2020.12.21 - 08:14

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