☆聖書箇所 Tテサロニケ1:1〜3 1パウロ、シルワノ、テモテから、父なる神と主イエス・キリストにあるテサロニケ人の教会へ。恵みと平安があなたがたにありますように。 2私たちは、あなたがたのことを覚えて祈るとき、あなたがたすべてについて、いつも神に感謝しています。 3私たちの父である神の御前に、あなたがたの信仰から出た働きと、愛から生まれた労苦、私たちの主イエス・キリストに対する望みに支えられた忍耐を、絶えず思い起こしているからです。
☆説教 大山正さんを覚えて:キリストから来る望みに支えられて
よく来てくださいました。来週はマ行〜ワ行の姓名順でお迎えしたいと思います。 要するに教会はア行〜カ行、サ行〜ハ行、そしてマ行〜ワ行で、3回で一巡するようになっています。必ずしも皆さんがこれに当てはまらない日に来られても、対応できると思いますが、ま、大切なのはもしこれまで教会にいらっしゃっておられたならば、無理でなければ、無理でなければ(と二回も繰り返し)、月一回教会に足を運んでみてはいかがでしょうか?
私たちの教会は日本でもいち早くオンライン上に移住した教会の一つであります。これから先もオンライン礼拝は変わらずに続けていきます。ここに来てもマスクは外せませんし、それから換気がなかなか上手にいかない教会堂でありますので、マスクをして讃美歌は声を出しては歌わない。それだったら家にいた方がいい、と言う方も多いと思います。ぜひそのようにしていただきたいと思いますが、換気の方も色々考えてまいりますので、今年一回はぜひお越しください。
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さて、テサロニケの手紙(第一)を開いていただきました。 パウロと言う人がテサロニケ、ギリシャの教会に手紙を書いています。2節に――
2私たちは、あなたがたのことを覚えて祈るとき、あなたがたすべてについて、いつも神に感謝しています。 3私たちの父である神の御前に、あなたがたの信仰から出た働きと、愛から生まれた労苦、私たちの主イエス・キリストに対する望みに支えられた忍耐を、絶えず思い起こしているからです。
ちょっと聖書を映していただいて―― 【画面:Tテサロニケ1章2節「覚えて祈るとき〜感謝しています」3節「思い起こしている」にオレンジのハイライト】
ここで始まり、「あなたがたのことを覚えて祈るとき」で始まり、最後「あなたがたの、こういう姿を(***3節のその前の文章を指して)、絶えず思い起こしています」です。
で、今日の説教は、この私たちが大山正さんを覚えて祈るときに、奥さまを覚えて祈るときに、私たちは大山正さんを思い起こすときに、という所から入ってまいります。 コロナ禍で、葬儀は家族だけになり、お別れ会を教会で開かずに、礼拝の中で私たちは信仰の先輩方を天の御国にお送りして来ました。 柳場さんのご両親、藤本(牧師)の両親、山田純子さん、そして吉田成男さん、大山正さん。
教会家族としては、伊Sさんのご主人も天にお送りいたしました。 HAさんのお父さまも天にお送りいたしました。 召された方々はそれぞれ、長年連れ添った伴侶者を地上に遺して行かれました。 遺された伴侶者の信仰を、こうして大山さんのように、直にお聞きできることは幸いですし、一層私たちはお祈りしなければいけないと思いますし、
いま石Sさんが天国への階段の最後の方にいらっしゃいます。ぜひ石Sさんのためにお祈りいただきたいと思います。 コロナ禍の苦悩は沢山あります。 先週、脳梗塞で運ばれましたTRさんのご主人のことも、祈祷会ではお祈りに覚えました。
なかなか家族の方々お見舞いに行けないという状況の中で――大山さんもそうですね――最後の面会はオンラインですかね。 ご家族と二回オンラインの面会があり、直接に訪問することはできませんでした。
コロナ禍の三年と少しでありますので、最後に大山さんとお目にかかったのは一体いつ頃だっただろうか? つい先日のように思います。遺影に使いましたのは《NO JESUS, NO LIFE》イエスなしにいのちなしという、大山さんらしいTシャツのお写真でありました。 でも実際は、何年もお会いできてないんだろうと思います。
1)そこで「覚えて祈る」「思い起こす」ということで、随分会えてないんですけれども、皆さん、大山正さんのことをどのように覚えていらっしゃるのだろうか?
最後棺の中に、ポケット聖書連盟による、昔の赤いヨハネの福音書をいくつも、A君が入れていらっしゃいました。 ほんとにワイシャツのポケットにすぽっと入る(※右手の指で示して)こんなに小さい薄い、ヨハネの福音書なんです。 「えっ、いいの?貴重なんだよ。初版だとメルカリで¥2500だよ」(笑)っていう話をしたと思います。 (※おうちには、初版ではありませんが、まだ箱ごとあるらしいです)。
ポケット聖書運動というのは、戦後真っ先にアメリカから入って来た宣教団で、伝道団体でありました。 で、荒廃した日本に一冊でも多くの聖書を届けようと、マッカーサーに1万冊の聖書の発行を求めますと、 彼は「いや一千万冊にしよう」ということで、文字通り全国津々浦々に届けられた初めての聖書でありました。 まだビリーグラハムが来る前であります。
そのポケット聖書連盟が企画しました――よく大山さんが証しで仰ってましたよね。「総天然色の映画」、要するにカラー映画ですね ――それが両国国技館で行われ、伝道大会があるというので、大山さんは十代でとにかく映画見たさに必死で行ったということでありました。 そこで救いの恵みにあずかります。
大山さんは下町育ちで、「ひ」の発音がいつも「し」になってしまう。 行動も早くて待つことが苦手で、礼拝の「主の祈り」も「使徒信条」もみんなで言うんですけれども、大山さんだけ3秒だけ速いんですよね(笑)。 しかも大山さんが一番声が大きいですから、どことなくみ〜んなその大山さんに付き合わされて、段々《「主の祈り」と「使徒信条」の速い教会》ということで有名になってしまいました(笑)。 外から来る立ち寄った同じ信仰の方々が、「どうして高津教会はそんなに速いんですか?」って言われたことがあるんですけれども、ま、ひとえに大山さんのせいでございます(笑)。 丸の内教会で信仰を育てられ、やがて奥さまと結婚し、多摩川沿いのキャノンにお勤めになるようになってから、ずっと高津教会でありました。
「大山さん」で、皆さんは何を思い出すのでしょうかね? 私(藤本牧師)は天に召されたという話を姉(※奏楽の戸塚祝さん)にしましたら、すぐに古い教会堂の最後の礼拝の時、そこの四つ角の所にみんなが雛壇で並んで、「さあ写真を撮る」という段階で大山さんが垂れ幕をざぁ〜っと出して来た。 それが旧教会堂最後の礼拝ということで、「高津教会と日付」が入っていました。 その写真はこの準備室にも、いま掲げてあります。
当時教会堂建設の様子を、大山さんはキャノンですから、8ミリのテープで撮影しておられました。 まだまだ溝口の駅前の路傍伝道です。大山さん、Oさん、Hさん、Wさん、Nさん、そして戸塚先生、で、私(藤本牧師)という風に、溝口のいまコンコースになってますけれども、あのバス停の前で一生懸命讃美歌を歌い、そしてチラシを蒔いた覚えがあります。
大山さんという方は、教会の席をいつも決めている方で、座る場所は――数年で変わるんですけれど――いつも同じ。晩年は二階の一番前でありました。
退職してからは、ギデオンの聖書頒布の働きに関わり、このあたりの教会、川崎北部の教会ですね、すべてギデオンの証しのために教会訪問をしておられました。 ギデオンの全国の大会にも足を運ばれていました。 なるほど聖書頒布によって救われた大山さんは、人生最後まで聖書を頒布することにいのちを賭けた徹底した伝道の人でありました。
頭の中にある聖書の文言はいつも文語訳です。先程の奥さまもそうでありました。 証しをいつも率先してなさり、すべての労苦を信仰のゆえに引き受けていかれました。 それがここに書いてある、パウロが思い出すときに、これを覚えている。 聖書を見ていただきますと――「信仰から出た働き」です。
【画面:Tテサロニケ1章3節を指差しながら語る。「思い起こしている」にオレンジのハイライト】
3私たちの父である神の御前に、あなたがたの信仰から出た働きと、愛から生まれた労苦、私たちの主イエス・キリストに対する望みに支えられた忍耐を、絶えず思い起こしているからです。
私(藤本牧師)はいつも大山さんを思い出す時に、この「信仰から出た働き」を思い出します。 奥さまを思い出す時に、「愛から生まれた労苦」を思い出します。
「信仰から出た働き」というのは、時に頑固なものです。 葬儀で、ご家族――AさんとHさん――の思い出を聞きました。 やっぱり出て来ましたね。「父に強引に教会に連れて行かれて」というような表現、「大変厳しい人で」という表現が出て来ました。 もちろん温かな思い出もいっぱいありましたけれども、私(藤本牧師)は大山正さんを思い出しますと――
2)逆に奥さまの「愛から出た労苦」を思い出します。
大山さんが信仰一筋の人であるとしたら、奥さまは物腰優しく、謙遜で、嫌なことを言わない人、愚痴を言わない人、いつも人のことを考える、心優しい配慮の人でありました。 わが家の子どもたちもOYさんに、温かく祈られて育ちました。 ま、それはYHさんにしても、伊Sさんにしても同じような特色を持っておられました。 遺されたご夫人方のためにこれからも祈ってまいりますけれども、私たちは格別に教会全体として、OYさんの「愛から出た労苦」の恩恵にあずかってまいりました。
そして今日は、3番目――もう一回聖書を見ていただいて――ここに思いを集中したいと思います。
3)「私たちの主イエス・キリストに対する望みに支えられた忍耐」――望みに支えられた忍耐です。
ちょっとこの聖書を映したままにしていただきます。 【※画面:以降は聖書が大きく映し出され、藤本牧師の動画は右側の小さな窓に変わる。Tテサロニケ1章3節を指差して説明】
以前(の訳)は、ここ【※3節の説明】全部ギリシャ語からそのまんま、「信仰の働き」「愛の労苦」「望みの忍耐」だったんですね。 2017年に訳を改訂した時、「の」だけでは分かりにくいので、ここは「信仰から出た働き」ここは「愛から生まれた労苦」、そしてここは「望みに支えられた忍耐」と訳したんです。 私(藤本牧師)はこの「望みに支えられた忍耐」というのは名訳だと思います。とてもふさわしい。
一つ私は変えてお話をします。 この「キリストに対する望みに支えられた忍耐」ですが、実はここも「の」なんですね――「キリストの望みに支えられた忍耐」 この「の」という言葉がギリシャ語では、もういかようにも使われるんですが、「対する」という意味の「の」もあります。 でも大体「対する」「キリストへの」と言うと、キリストへの信仰ですよね? 「望み」は逆に「キリストから来る」、あるいは「キリストから賜る望み」と訳すのが普通なんですね。 私はむしろ、その普通の訳を尊重したいと思うんです。
「キリストからいただく望みに支えられる忍耐」です。 これは私たちにも当てはまりますし、OYさんは今もこれからも様々な忍耐を強いられます。 「忍耐」がなければ、地上の生涯を生き抜くことはできません。 「忍耐」というのは何か?と言われれば、それは「試練に耐える力」です。 子どもの頃も、学生も、社会人も、親になっても、病と闘い、経済との闘いもありますし、やがて老いとの闘いがあり、そしてそれらすべての「試練に耐える力」を忍耐と言います。
その私たちの「忍耐」は、いつも「キリストが与えてくださる希望」によって支えられているということ。 *イエスさまは仰いました。 「わたしはあなたとともにいる。世の終わりまで」(***マタイ28:20) *詩篇23篇に「たとえ敵の前であっても、羊飼いなる主は、私のために食事を整え、私の杯は溢れている」(***詩篇23:5) *イエスさまは仰いましたでしょう。 「わたしはあなたを捨てない」(***へブル13:5、申命記31:6など) *パウロは書いていますよね。 「イエス・キリストは、神はキリストの勝利の凱旋の中に、いつも私たちを加えてくださる」(***Uコリント2:14) *イエスさまは仰いました。 「勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」(***ヨハネ16:33) 「平安でありなさい。わたしがあなたにわたしの平安を与える」(***ヨハネ14:27)
それは、キリストが私たちに与えてくださる希望です。 自分の力は、試練に耐えられるような忍耐は、ものすごく乏しいです。 揺らされ、そして限界を超えてしまったら、もうつぶれるだけです。 でも《どこかで私の忍耐というのは、キリストの希望によって支えられている。イエスさまがくださる望みに支えられている》と思った時に、 《私たちはふっと力を抜いて、この試練、この大変さを主に委ねる》という気持ちを与えてくれるのが、私はこの聖書のこの言葉だろうと思うんです。
私たちの主イエス・キリストから来る望みに支えられた忍耐。 それは望みに支えられた忍耐であるから、さらに強い忍耐だと思わない方が私(藤本牧師)はいいと思う。 それは先程の詩篇(57篇2節)にありましたように、「私の生涯のすべてのことを成し遂げてくださる神」と言う。その神が私の人生を支えていてくださるんだから、私がここで全力で踏ん張るよりも、神が与えてくださるありとあらゆる助けにあずかり、そして皆が差し伸ばしてくださる声、温かな声、あるいは温かな助けの手を掴みながら、神さまにこの厄介な問題を委ねていく、という姿勢がなければ、所詮私たちは試練に耐えることができない。
イエスさまは、私たちが抱えている試練の先に、明るい希望を与えてくださる。 その温かな御手をもって、「平安でありなさい。わたしがあなたにわたしの平安を与える」(***ヨハネ14:27)と仰っているのですから、自分のガンバリズムで頑張ることを止める。 それが希望に支えられた忍耐だろうと思います。
世の視点から見れば、「希望に支えられた忍耐」というのは、決して「成功に飾られた勝利の物語」ではないと思います。 それは大山さんご夫妻からお話を聞いても、そのように仰るに違いないと思います。 しかしこの世で様々な試練や病に耐えながらも、いつも祈るように主イエスに自分の問題課題を委ねていく人々の姿というものを、私はOY姉のお証しにも見ることができたと思います。 文語訳でありましたけれども、姉妹がいま与えられている聖書の言葉として仰ったのは、 「あなたがたは今は分からないけれども、後には悟るようになります」(***ヨハネ13:7) とイエスさまがペテロに仰った言葉ですね。 試練の中で、私たちは今は分からない。でも後にその試練の意味が分るようになる――その希望に支えられて、私たちは試練を耐え抜いていくんですね。
「キルト」というお話があります。 キルトというのは縫い合わせて一枚の壁に掛ける布、或いはベッドカバーなどを作るんですけれども、 ――ここから読み始める―― 「最後の審判」の日、私は多くのクリスチャンと共に主の御前に立っていました。 暫くすると、私たちはみな、人生の断片を布切れのように積み重ねることになりました。一人一人の前に天使が座り、布の断片を縫い合わせて、大きなキルトを作るのを手伝ってくださいます。
私についた天使が、それらの布切れを一枚一枚取り上げた時、それが時に汚くて、中には大きな穴まで開いているのです。 それらの布には、私の試練の年々、誘惑に揺さぶられた年々がつづられていました。 私が耐えた試練が最も大きかった年は、布切れはボロボロでした。
周りを見渡したのですが、それ程でもありません。 中にはきれいなあや取りで出来上がっているキルトもありました。 ぼろきれを縫い合わせているような自分の人生を見た時に、がっかりでした。
とうとう出来上がったキルトを並べる時がやって来ました。 一人一人立ち上がって、そのキルトを光にかざします。 私の番が来た時に、改めてそれを光にかざすと、汚れや穴が一層目立つのです。 恥ずかしくて、思わず顔を下に向けました。 私の人生は苦労の連続でした。笑いも楽しみもありましたが、苦悩や病、愛する人の死、人からの誤解、非難、順調なものではありませんでした。
でもそんなボロボロの人生で、貧しくても一生懸命主にすがり、祈って支えられて来た、ここまで来ることができたのです。 ゆっくりとキリストの光の前に、自分の人生のキルトを差し出しました。 沢山の穴を通して、主の栄光の光が眩しく私の目に飛び込んで来ました。 不思議なもので、それらの穴を総計して、そこから漏れる光が主の御顔の形になっていました。
主イエスは微笑んで仰いました。 「あなたの挫折を捧げるその時、挫折はもはやあなたのものではない。わたしのものとなった。 あなたがその失敗と恥を十字架に委ねる時、それらもわたしのものとなった。 あなたが自分で握りしめていた挫折や失敗や恥や苦悩を、わたしに明け渡した時、それらは皆わたしのものとなった。 だから繋ぎ合わせると、わたしの顔になっている。」 ――ここまで読み終わり――
テサロニケの教会の人々も、私たちも――キリストがくださる希望に支えられた忍耐――それは自分の力で踏ん張るのでなく、主が私と共に担っていてくださり、私の人生に起こる様々な出来事を主がすべて善きに働かせてくださる(***ロマ8:28)。 成し遂げてくださる主イエス(***詩篇57:2、138:8、ピリピ1:6)が、私の人生の主体であり、この方に委ねることこそ私の忍耐の秘訣なんだと思った時に、 主イエスは私たちの試練を受け取ってくださり、ご自身のものとしてくださる。 それが「キリストがくださる希望によって支えられる忍耐」なんだ。 主のもとに重荷を降ろして、特に新しい環境に踏み出した方々、少しお休みになって、またゴールデンウィーク明けに頑張ろうではありませんか。
☆お祈りをいたします――藤本牧師 恵み深い天の父なる神さま、私たちはなかなか試練の中にあればある程、自分達の挫折感を、自分たちの苦悩をあなたに明け渡すことができずに、ず〜っとそればかりを握って耐えています。あなたに明け渡すということがどういうことなんだろう?
でもあなたはいつでも私たちの傍にいて、「わたしの平安をあなたに与える」(***ヨハネ14:27)と、「わたしのところに来て、あなたの重荷を降ろせ」(***マタイ11:28)と仰るのですから、すべてを計って司っておられるあなたに、私たちの人生の重荷を明け渡すことができるように、委ねることができるように、私たちにそのやり方を教えてください。そしてその時あなたは、その私たちの重荷をご自身のものにしてくださる、という恵みを心から感謝いたします。
OYさんの上に、慰めが豊かにありますように。YHさんの上に、伊Sさんの上に恵みが豊かにありますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。
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