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::: 説  教 :::


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Name   T・Y
Subject   11/20 古屋さんを覚えて:私たちこそ誇りの冠    Tテサロニケ2:17〜20
☆聖書箇所  Tテサロニケ2:17〜20
 17兄弟たち。私たちは、しばらくの間あなたがたから引き離されていました。といっても、顔を見ないだけで、心が離れていたわけではありません。そのため、あなたがたの顔を見たいと、なおいっそう切望しました。
18それで私たちは、あなたがたのところに行こうとしました。私パウロは何度も行こうとしました。しかし、サタンが私たちを妨げたのです。
19私たちの主イエスが再び来られるとき、御前で私たちの望み、喜び、誇りの冠となるのは、いったいだれでしょうか。あなたがたではありませんか。
20あなたがたこそ私たちの栄光であり、喜びなのです。

☆説教  古屋さんを覚えて:私たちこそ誇りの冠

今朝はテサロニケの手紙(第一の)2章、このみことばを開きました。
実はテサロニケの手紙というのは、祈祷会でず〜っと約一年半かけて学んで来ました。
先週終わったところなんです。

今日は本当はLGBTQの3回目の話をするつもりだったんですけれども、
古屋さんを偲んでこのみことばに目を留めていただきたいと思います。
タイトルは、「誇りの冠」、「私たちこそ誇りの冠」というタイトルでお話しいたします。

古屋多恵子さんのお父さまは、私たちの教会員で、横田福二郎さん。
福二郎さんが天に召されたのが2003年でありました。
お母さまの横田かね子さんが召されたのが、2016年。
その間に、お父さんの召天をきっかけに、信仰心を持つようになりまして、妹の今の渡辺美恵子さんが一生懸命導き、2013年に高津教会で洗礼を受けました。

高津教会からは決して近くない昭島に住んでおられました。
でも立川で乗り換え、溝口で乗り換え、礼拝に、そして月二回の朝の祈祷会に共に足を運んでくださいました。
夏の箱根の林間聖会には、高津教会だけではなく、他の教会の方とも、主の恵みにあずかったことを覚えておられると思います。

ある時、妙に足がつまずくような素振りをするので、美恵子さんがお姉さまを病院へ連れて行かれました。
そしてそこでパーキンソン病だという診断を受けられて、長い間の闘病でしたね。
ほとんどそれに気づかない程、投薬で症状は治まっていましたので、
皆さんにしてみれば、突然かと思いますけれども、
しかしご本人、ご家族にとりましては長い戦いでありました。

入院はどうしても長期になります。
ご主人もどれ程心配され、病院を訪ね、また退院してから、様々に支えられたことかと思いますが、
そうしてやって来たのが、このコロナパンデミックでありました。
入院されたっきり、一年以上会うことができない。
その間に病も進行していきます。
大きな病院で、そう簡単に電話をすることもできない。

やがてそこから老健に移られます。
老健で転んだ時に、股関節を骨折され、人工股関節の手術を受けられます。
もう一回病院、そしてリハビリ、さらに進んでしまいました。
次第に筋力の低下、それが消化器官に及びますので、食欲がなくなります。
仮に胃ろうの処置をいたしました。やがて肺機能が低下していきます。
酸素を吸うようになりました。
美恵子さん仰っていたように、ほとんど見舞うことができない。顔を合わせることができない中、
最後の施設は神さまが危篤の状態にさせてくださいましたので、家族がびっしり入ることができました。

私たちが最後に病院でお目にかかった時には、立って歩いて見送ってくださいましたから、
最後の施設で小さくなってしまわれたお姿に、月日の経過を何よりも感じ、また病状の経過を強く実感いたしました。
でも、しっかりと分かっていてくださって、「先生」という声をかけてくださり、信仰をもって祈りに合わせ、聖餐にあずかりました。

最後は、ほんとにグライダーがすーっと着地するように、不自由なお身体を地上に着陸させ、たましいはイエスさまの懐に迎えられました。

コロナ禍で、同じように家族と会えない、という状況の中で天に召された方には
(※藤本栄造・幸子牧師夫妻も柳場喜久江・重治夫妻も)
伊藤サヨイさんのご主人、吉田成男さん、大山正さん、石塚成子さん、松本健次郎さん、山田孝一さん、そして山田さんの奥さん、純子さんもそうですね。

これらの方々とご家族そして皆さんと教会というのは、大変意義深く重なると思います。それは「会えない」という点で重なりますね。
で、3点お話しします。

1)しばらく引き離されている

パウロは、ちょっとここを見ていただきたいと思うんですが、聖書(Tテサロニケ2章)17節にこうありますね。

【画面:Tテサロニケ2章17節「しばらくの間〜わけではありません」「あなたがたの顔を〜切望」に赤ペンの傍線、「引き離されていました」「顔を見ないだけで〜ありません」にオレンジのハイライト】

17兄弟たち。私たちは、しばらくの間あなたがたから引き離されていました。といっても、顔を見ないだけで、心が離れていたわけではありません。そのため、あなたがたの顔を見たいと、なおいっそう切望しました。

というのは、コロナ禍で亡くなった、天に召された方々と同様に、私たちの関係にも当てはまると思います。
しばらく引き離され、顔を見ることはできなかったけれども、しかし心は繋がっていた。
でも、顔を見ることができなければできない程、やはり会いたいという思いが募ったということですね。

施設は100%家族以上のお世話をしてくださいます。
家族にできないこと沢山ありますので、家族の代わりとなって、高齢者関係の施設は入所者、いらっしゃる方の面倒を見てくださいます。
しかし家族の顔というのは、また特別な存在でありまして、家族に会いたいという思いがあります。

祈祷会では田口リエさんとご主人のために祈っておりますけれども、
ご主人は、脳梗塞のあとに身体のリハビリの病院に転院されました。
その施設に入ったのが二ヶ月前、その時に田口姉はご主人と会うことができたんですが、それから二カ月間まだ一度も会えてないんですよ。

それは理解できます。
松井克彦さんの神戸の施設では、毎朝スタッフの方々が全員抗原検査をすると仰ってました。
それほど注意を払って、スタッフとして入っていくんですよね。
もし何かあったら、特養で何かあったら、それは、松井さんの言葉では「陽陽介護」にならざるを得ない。
もう病院に入院できませんので、どこかで両方とも陽性者同士が介護し、介護されるという状況が生まれて、そして終わりが見えなくなってしまうわけですよね。

コロナが始まりました最初の頃は、「看護離職」という言葉がありましたけれども、今は「介護離職」という言葉がある程、
私たちは介護施設で労しておられる人のために本当に祈らなければいけないという風に思っています。

でも家族にしてみると、「顔が見えないだけで、心が離れていたわけではない。」
そのため、「あなたがたの顔を見たいとなおいっそう切望していました」と
(※パウロはTテサロニケ2:17で言う)。

渡辺美恵子さんは、お姉さまご夫妻を救いに導こうとどれほど祈り、努力して来られたかと思います。
洗礼をお受けになり、毎週昭島から来られましたけれども、
家族葬で、お嬢さんと息子さんと、美恵子さんに「一人一つの出来事」というタイトルで追憶を述べてもらったんですよね。
子どもたちは小さかった頃の話をして、美恵子さんはぐっと遡りまして(笑)、まだ大田区に住んでいた頃、お姉さんの小さい頃の話をしてくださいました。

「まだ周辺に田んぼがあって、お姉さんは男勝りで、スカートをたくし上げて、そして田んぼの中をズブズブ、ドロドロに入ってザリガニを捕まえて、バケツの中には真っ赤なザリガニで一杯だった、それ程のおてんばであった。」
美恵子さんは妹さんでいらっしゃいますので、
「いつも横田多恵子の妹でしかない、『あ、横田の妹なんだ』としか呼ばれなくて、随分悔しい思いをした」と。
それ程、お姉さんはやっぱり長女だけあって強かったんですね。

弟さんが、食事の席で同じように「一つの出来事」を話してくださいましたけれども、
「自分は末っ子でとっても弱かった。外でいじめられることが多々あった。すると姉さんが出て行って、仕返しをしてくれた」(笑)という話をしておられました。

不思議なもので、「一つの出来事」って絞りますと、なかなかどれを定めたらいいか分からないんですけれども、どういうわけか、子どもの頃の話を皆さん出して来ますね。
沢山思い出がある中に、ほんとに温かい頃(小さい)の思い出が、自分の胸によみがえって来ると。
それはもう天に召された後のことでした。

まだ病院で闘病している間は、何とかして、何とかしてという思いばかりで、色々思い出しても最近の事なんですけれども、
ふっといなくなって思い出すと、全部がよみがえってくる。全部の思い出がよみがえってくる。
そう思いますと、喪失感というのは大きかっただろうな、これからだろうな、という風に思います。

パウロは、同じようなことをテサロニケの教会の人々に言います。
ちょっとページを元に戻していただいて、(Tテサロニケ)2章の7節を映してもらいますね。
テサロニケの人々に対して、パウロはこう言いますね。

【画面:Tテサロニケ2章6節「人からの栄誉は求めません」7節「キリストの使徒〜主張すること」「幼子になりました」「養い育てる母親のよう」8節「いとおしく〜いのちまで」「私たちの愛する〜からです」にオレンジ色のハイライト】

6また私たちは、あなたがたからも、ほかの人たちからも、人からの栄誉は求めませんでした。
7キリストの使徒として権威を主張することもできましたが、あなたがたの間では幼子になりました。私たちは、自分の子どもたちを養い育てる母親のように、
8あなたがたをいとおしく思い、神の福音だけではなく、自分自身のいのちまで、喜んであなたがたに与えたいと思っています。・・・

というのは、私(藤本牧師)が察するに、当時の話なのか、今思うとそう思えるのか?
私はむしろ今思うとそう思えるんだろう、と思うんですよね。
当時は一生懸命労して来た。でも今思うと、あなたがたを愛するがあまりに、まるで小さな子どもを母親が面倒を看るように、私たちは面倒を看てきたと思うと。
今思うと、あなたがたのためなら、私は自分のいのちを投げ出してでもいいと思うと。

下を見ますとね、11節に今度は父親が出てきます。
【画面:Tテサロニケ2章11節「父親のように」にオレンジのハイライト】

11また、あなたがたが知っているとおり、私たちは自分の子どもに向かう父親のように、あなたがた一人ひとりに、
12ご自分の御国と栄光にあずかるようにと召してくださる神にふさわしく歩むよう、勧め、励まし、厳かに命じました。

今度は父親のようですよね。
勿論当時から、パウロはそれなりのふるまいをしていたと思います。
そういう思いでテサロニケの人々に接していたと思います。
ただ会えなくなると、色んなことが胸に去来して来るものなんですよね、不思議なもので。

私(藤本牧師)は先日、ある方にメールをいたしました。
その方が転勤される時に、家族揃って一つの讃美歌を午後のフェローシップで歌ってくださったのですね。
その讃美歌をふっと思い出して、小さな子どもたちと一緒に歌っている姿がじわ〜っと心によみがえって来ました。
会えないと、そういう風になるんだなぁと。

私(藤本牧師)はOさんに言ったことがあるんですね。
「教会を完全に閉じてしまって、一番最初25名来た時にすごい疲れちゃったんですよ(笑)。すごく疲れちゃったの。
これはもう挨拶をするのも疲れる。なまじ150名だったら、挨拶なんかそこそこで終わるんですけれども、25名だと丁寧に挨拶しますよね。
それだけで何か疲れてしまって、あ、全く来ないというのも悪くないね(笑)」
という話をしたんですよね(笑)。

でも今になって思いますとね、やっぱり150名いた頃が懐かしいというよりも、いや、あれはちょっとしんどかった。
でも皆さん、どうしているんだろうな?という思いは確かにあるわけですよ。
皆さんは画面の向こう側で、私の顔を見ながら、「全然変わらない」と言う人もいれば、「あ、随分老けたな」と言う人もいますしね、
そういう風に私のことを印象深く思ってくださるんだと思うんですが、
私はオンラインの皆さんを見ることはできないわけですよ。

それは遠く離れて、顔を見ることができない、家族のことを思う気持ちが、パウロの中にグァ〜っとこう上がってくる。
それと同じように、牧師も教会員のことをそのように思って然るべき。思わないのであれば、むしろそれは問題があるんだなという風に思いました。
【※でも、お顔が見えないだけで、心が離れているわけではありません。
そのようにして、私(藤本牧師)は皆さんと一緒に、高津教会で育ってきました。】

2)終わりを見つめて生きる

この言葉は、ちょっと映しますね。
先程の(Tテサロニケ)2章の19節です。ちょっと見てください。

【画面:Tテサロニケ2章19節全文に赤ペンで傍線。「主イエスが再び来られるとき」「あなたがたではありませんか」にオレンジのハイライト】

19私たちの主イエスが再び来られるとき、御前で私たちの望み、喜び、誇りの冠となるのは、いったいだれでしょうか。あなたがたではありませんか。

この部分は後半3番めのポイントとして見ます。
しかし、二番目のポイントは19節の頭、「私たちの主イエスが再び来られるとき」です。
パウロは様々な書簡でこういうことを言っています。
それは「終わりを見つめて生きる」ということです。
あなたがたの目標は地上にあるのではない。最終的には、キリストに再び出会う時にある。
それはキリストがこちらに来られる時か、私たちの方でキリストのもとに行く時か――「終わりを見つめて生きる」

私(藤本牧師)葬儀の食事の席でご主人に「食事、どうしておられます?」と聞きました。
夜は何か宅食か何かを運んできてもらうと仰っておられましたけれども、
「朝昼は自分でやっております」と仰っておられました。   
奥さまに言われて、料理教室まで通ったそうです。
そして、家でその料理を自分でしながら、奥さまに
「包丁ってそうやって使うものじゃないとか(笑)色々言われながら、かなり上達しましたよ」と。
「洗濯とか掃除はどうしていらっしゃるんですか?」って聞きましたら、
「いや、家内はちゃんと洗濯も教えてくれました。」
それまでしたことがなかったのか!と思うと(笑)、それが私にはむしろショックでしたけれども、
「でも、アイロンだけは使ってはいけない」と、
「年を取ったらアイロンだけは使わない方がいい」ということも、厳しく教えられたと。

すると奥さまは、自分の入院が長期になるということを良く知っておられた。
ご主人が一人で生活しなければいけないということもよく分かっていた。
なおかつ、自分の病気は段々症状が重くなる、ということもよく分かっていたんですよね。
それで初めっからご主人に様々に家の中のことを教えて来た。
症状が重ければ、当然終わりを見つめて生きるように、人はなるんですよね。

パウロは「主イエス・キリストが再び来られるとき」(Tテサロニケ2:19)という言い方をしています。
これは至るところでパウロの書簡は、教会に宛てた手紙と、テモテとテトスに宛てた、個人に宛てた手紙というのがありますけれども、いつもパウロはキリストの再臨を意識しています。彼の強調の仕方は、
《キリストの再臨にふさわしい生き方をしなさい》
《やがて主にまみえるという、そのゴールに向かって、主に会うということを意識しながら、それにふさわしい生活をしなさい》
というのが、彼のものの考え方ですよね。

【もちろん、それを待つまでもなく、自分の人生に終わりが近いことも覚悟していました。】
第二テモテの4章の7節〜8節、有名なみことばなので、開かなくて結構ですが――
<Uテモテ4:7〜8>
7私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
8あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。私だけでなく、主の現れを慕い求めている人には、だれにでも授けてくださるのです。

「私は走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。 
もはや義の栄冠が私を待っているだけです。
その義の栄冠というのは、私だけでなく、主の現れを慕っている人には、だれにでも授けてくださるのです」
と書いてあるんですよね。

「私は人生の最後の方に来ている。もう私を待っているのは義の栄冠だけだ」と言っておきながら、
「いやいや、その義の栄冠というのは、主の現れを慕い求めている人には、だれにでも授けてくださる。
そんなに難しいことではない。
ただ主の現れを慕い求め、それにふさわしく生きる者になりなさい。」

私たちは、最近「終活」という言葉がありますよね。
「終活」っていう言葉はとっても大切で、とってもキリスト教的なものの考え方だと思います。
そりゃ、別に遺言書いて、物事を整理するとか、片づけるとか、要らないものを捨てるとか、そういうことではないですよね。

自分のいのちが終わるという時は、だれかを残すわけですよね。
その残す人に、どのような平安や励ましをするか?
「終活」というのは、自分の人生を閉じることだけではない。
自分の人生を閉じた状態で、それが家族の祝福になるように、家族の慰めになるように、自分の最後を整えることじゃないですか。
私たち正直だれもそんなことしてないですよ。

今日長岡さん来ておられますけれども、一回長岡さんに「遺言の書き方」という講座を持っていただき(笑)、またもう一回持っていただかなくてはいけないんですけれども、
午後のフェローシップの時に遺言の紙を渡されて、
「最低限これぐらいのものは書いておきなさい。もし書いたら、長岡さんは税理士でいらっしゃるので、それを預かることができるんですよね。」
でも、長岡さんは講演の最後で丁寧に仰いました。
「今書かなくてもいいんです」という風に(笑)。
「今書かないとだと、なんか書かせているような感じになっちゃいますし、よく考えないで書いちゃう場合もありますので、今書かなくていいです。
家に帰ってから、もう一回、良く思い出して書いてください。」

私ね、家に帰って書いた人どれくらいいるのかと思いますよ。
実際私は書かなかった。
家に帰ると、家に帰ったなりの忙しさがあって(笑)、そしてそこに揉まれている内、またの時って風になるんですよね。
で、今度長岡さんに「今日書こう、遺言書」(笑)という講座を開いていただいて、前もって準備していただいて、その文章が整うように、やっぱりご指導いただかなければいけないなという風に思いますけれども。

私(藤本牧師)ね、古屋さん、美恵子さんと相談したんですよね。
それで、お墓は津田山の墓地に、渡辺家の墓があり、教会の墓地がある。
お墓は古屋さんのところではなく、まだお墓作ってないので、最初っから教会墓地に入るという前提で、文書まで交わしてしまったんですよね。
それで奥さまはそれをご主人に見せて、
「私は津田山の墓地にある渡辺家の墓、そしてその近くにある教会墓地に入るから」と宣言した。
それでご主人は――昨日ご子息、お嬢さんが来てらっしゃいましたけれども――「父も覚悟を決めたようです」(笑)みたいな話でしたね。

それでその内私が行って、そして色々お話ししながら、何度かお訪ねして、洗礼を授けることができたらな、という風に願っていますけれども、
人はあることをきっかけに、やはり終わりに向かう、という姿勢を作るんだと思うんですね。
古屋さんにしてみれば、お父さん(横田福二郎さん)の死というものが、そのきっかけになった。
ご主人にしてみれば、奥さまの死というものが、そのきっかけになる。
そのきっかけというのは、実は神さまは何度か私たちに与えていてくださるんですけれども、私たちは日常の忙しさにそのきっかけを埋もれさせてしまう。

そういう意味で、教会の葬儀に出るということは、教会の様々な営みの中で最も私たちが心を引き締める場面で、
なぜなら私たちもまた《終わりを見つめる》ことを強いられるからですね。
とても大切だと思います。

3)その時、あなたがたこそ「私たちの誇りの冠」

<Tテサロニケ2:19〜20>
19私たちの主イエスが再び来られるとき、御前で私たちの望み、喜び、誇りの冠となるのは、いったいだれでしょうか。あなたがたではありませんか。
20あなたがたこそ私たちの栄光であり、喜びなのです。

パウロはあんまり「冠」とか「誇り」とかいう言葉を、人間に関して使うことはありません。
唯一、ピリピの4章1節に、
「ですから、私の愛し慕う兄弟たち、私の喜び、冠よ。・・・」という風に、
ピリピの教会の信徒のことを「冠」と呼んでいます。

でこのTテサロニケの手紙(2:19)では、かなり強烈ですよね。
「私に冠があるとしたら、それはいったいだれですか?あなたがたではありませんか」というものの言い方ですよね。
他に私の冠はありません。パウロにとって、私たちにとっての冠というのは、コロナ禍で召された柳場喜久枝江さん、柳場重治さん、伊藤さよいさんのご主人、吉田成男さん、大山正さん、石塚成子さん、松本健次郎さん、山田純子さん、孝一さん、私の両親(藤本栄造・幸子牧師夫妻)、圭子(夫人)の母親、そして古屋多恵子さん。

パウロは言うでしょう。そして私たちもまた、その「冠」となる。「冠」というのは、教会の中で、何か特別な輝かしい働きをした方々ではない。
むしろ時に、地味かも知れない、でもその信仰を最後まで全うしていく。
或いは時に、その最後の数カ月の間に信仰が大覚醒して、輝くばかりの最後を試練や苦痛に耐えて、天に召される方々、
終わりを見つめて、一生懸命日々の苦しみを耐えていく方々、
それこそ、私たちの冠ではありませんか、というこの言葉はとても印象的ですね。

前、話したことがあります。ローレンスという、初代キリスト教の聖徒がいます。
258年にローマ帝国の手によって殉教しました。
彼の名前にちなんだ、ローレンス教会は、ローマ市内で6つ、イギリス全土では250を越える、とどこかに書いてありました。
彼が有名なのは、もちろん、「ローマ帝国と戦って殉教したローマ教会の司祭だった」ということもありますが、
それ以上に、アウグスチヌスに影響を与えた、古代教会の著名な説教者アンブロシウスが、ローレンスのことに触れているからです。

話はこういう感じなんです。
ローマ帝国は、ローマ教会の司教を捕らえて、「教会の宝はどこにあるのか?」拷問して問いただしたそうです。
恐らく宝という時に彼の頭にあったのは、聖書の巻物を考えていたのか、財宝を考えていたとか、そういうことだと思いますけれども、
司教は口を割ることはいたしませんでした。
しかし尋問の間に、教会のすべてを任されているローレンスという若者がいると。
そのローレンスを捕らえて、今度は拷問をします。

すると、ローレンスは、なんとあっさり、
「わかりました。三日ください。宝を持って来ます。私は逃げも隠れもしません。」と答えるんですよね。
三日後に、ローレンスが宝を持って現れます。沢山の群衆と共に。
「それで、いったい、教会の宝はどこにあるんだ!」
ローレンスは答えます。  
「これです。これが教会の宝です。貧しい者たち、病人、一般市民、ただの人たち、イエス・キリストを信じ、終わりを見つめるただの人たち、これらの土の器が教会の宝です。」
ね、ローマの司教ですよ。

そう聞かされると、私たちは思います――「高津教会は、宝にあふれている」と。
時にそれは、粗末な土の器です。
おおよそ、そんな私たちが「冠」と呼ばれる資格はありませんが、しかしこの粗末な土の器の中に、キリストの宝が入っている。
粗末な土の器にはひびが入り、やがて割れます。
割れた断片から、今度はキリストの復活の光が、香りが、いのちが輝き出るようになる。
やがて教会にとって、キリストの愛と恵みだけが宝なのですから、その宝を宿している土の器も宝である。測り知れない神の力が入っています。

ですから、教会にとって、キリストの愛と恵みだけが宝なのではありません。  
キリストの恵みを内に宿した、土の器もまた、宝です。
ですから、教会は人一人天国に送る度に、これほどまでに心を込めて、私たちはそれらお一人お一人のことに思いを寄せ、毎年召天者記念礼拝を守る。
それは「あなたがたこそ、私たちの冠です」と私たち一人一人が言うために、この時を大切にしているわけです。

☆お祈りをして終わりにいたします――藤本牧師。

恵み深い天の父なる神さま、おおよそガラクタのような私たち、またガラクタのような人生と思いながらも、《もし私たちが終わりを見つめて生きるなら、それは宝としてあなたに見なしていただき、尊く見積もられ、天国での輝きを与えられる》ことを心から感謝いたします。

そうした宝が、この教会に満ち溢れています。どうか私たちに「終わりを見つめて生きる」という視点をいつも人生のどこかにきちっとおいて、やがての時には、それが必ず自分の人生の中心になる程、終わりを意識することができるように導き助けてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。


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