名前検索
メール送る

名前検索
メール送る

名前検索
名前検索
名前検索
名前検索
名前検索
名前検索
名前検索
名前検索
名前検索
名前検索
名前検索
名前検索
名前検索
::: 高津教会 説 教 :::


394 1933 統計カウンターの表示   管理者で接続
Name   牧師
Subject   ヨハネに見るキリスト(3) 生ける水にかわく
ヨハネに見るキリスト(3) 生ける水にかわく
 ヨハネ4:1−26          2008.2.3

               
 物語は、6節、イエスさまがサマリヤの町に来たとき、「旅の疲れで、井戸のかたわらに腰を下ろしていた」と始まります。時は、6時頃というのは、昼の12時頃、太陽の照りつける時間です。そこに一人の女性が水を汲みに来ました。井戸に水を汲みに来るには、朝です。この女性は、他の人たちと顔を合わせるのを避けていました。
  井戸に近づくと、びっくりします。なんとそこには人がいる。しかも男性です。そして、彼女を見るなり、話しかけてきます。「私に水を飲ませてください」。
 女性は、目をまんまるにして、答えました。「あなたは、ユダヤ人なのに、どうしてサマリヤの女の私に、飲み水をお求めになるのですか」。聖書は時代的な背景を記していますが、ユダヤ人とサマリヤ人は敵対していて、全く関わりを持たなかったのです。しかも、男性が女性に話しかける。
 いや、私たちに当てはめて考えますと、もっと驚くことがあります。それは、イエスさまが旅の疲れで、井戸の傍らに座っていたと、話が始まっているからです。くたくたなんです。それが、どうして真っ昼間に井戸に水を汲みに来るような問題ある女性とかかわるのですか。
  なぜでしょうか? それは、この渇く女にいのちの水を与えるためです。10節「……なら、あなたの方でその人に水を求めたでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう。会話のきっかけは、のどの渇いたイエスさまが、井戸に水をくみに来た女に、水を飲ませてくれと頼んだところから始まります。しかし、実際に渇いているのは、わたしではない。あなたなんだよ。そして、その渇きをいやすのは、わたしなんだよ――そうイエスさまは言っているのです。

1)渇きの原因
 この女性は、何に渇いていたのでしょうか。16−18節で、この女性の人生が明らかにされます。夫を五人も次々と取り替えてみたものの、今の生活にも安らぎはありません。いつもはじめは、喜びに溢れていたのに、やがて愛が涸れ果ててしまう。今度こそ愛される、と期待しては裏切られる。イエス様は見抜かれています。
  この女性の破綻した生活は、彼女の心の飢え渇きを現しています。次々と夫を替えても心の安らぐところがなく、村人からは疎外され、孤独と断絶、軽蔑と偏見に囲まれて苦しんでいるのです。彼女も実は深いところでは渇くことのない「生ける水」を求めてさすらう放浪者だったのです。
 そのことを彼女にはわかっていたことなのでしょうか?おそらくそうではないでしょう。ただ漠然と満たされない、意味がない、うまくいかない、それだけで過ぎていったのです。この世が価値とするものをいくら追い求め、獲得しても、人の心の渇きは決して癒されないのです。ひとつの欲望を満たしても、また渇く、限りがないのです。飲めば飲むほど、ますます渇き、安らぐことがありません。
  なぜなら、人は、神のもとにかえらない限り、本当の安来を見出すことができないように創造されているからです。私たちは、単なる生物ではありません。神によって創造された、神との交わりに生きる人、なのですから。ですから、人の心は、たとえ表面は華やかに、この世の快楽を次々と追い求めているようであっても、その奥底では、生ける水を求めて渇き続け、神の恵みを求めて叫び続けるのです。
  ですから、イエスさまはおっしゃいました。10節「もし、あなたが神の賜物を知っていたなら、あなたの人生は変わる。「たましいの飢え渇きに気がつけ!」

2)水を求めよ
 13−15節。この女は誤解をしています。しかし、少なくとも、水を求めているではありませんか。第一は、たましいの渇きに気がつくことです。第二に、水を求める人、いのちの水を求める人になることです。
 興味深い話があります。1996年、アメリカ海軍兵Joey Moraは、ちょっとしたはずみで、イラン沖の海で、乗船していた空母の甲板から落ちます。たまにそういうこともあるようです。落ちてから、なんと36時間、彼がいないということもわかりませんでした。本格的な捜索活動を始めるのに、もう24時間。彼のいのちは絶望視されました。家族の元にも、彼が行方不明になったという連絡が入ります。
 しかし、甲板から落ちて、なんと奇跡的に彼はイランの漁師の舟に拾われます。72時間、海軍で教わったズボンを救命具として海に漂う方法を実践しながら、ひたすら助けを待ったのです。
 後に、アメリカのニュース番組のインタビューに答えて、その72時間、神さまが何度も彼を絶望の淵から引き上げ、支えてくださったことを語っていました。でも興味深いことに、彼が海に漂う間、彼の内側から徐々にあがってきて、最後には叫びとなった欲求がありました。その欲求も彼を支えていたのと言うのです。
 なんだと思います?海に漂い、彼の身体もたましいも叫びを上げていたこと。それは、「水がほしい!」。海に漂い、一面、海です。それでいて、全身が叫ぶんです。水が飲みたい。おいしい水が、飲める水が、生ける水が。水を求めよ、です。女はいいました、先生、そういう水があるのなら、飲みたいです。
 私には牧師として悩みがあります。この悩みは、牧師となって1年目といまと、何ら変わりがありません。時に、この悩みのために自分がつぶれそうになるのがわかります。この悩みのために、悪い夢を見ます。この悩みに埋もれた、もしかしたら牧師をやめるんじゃないかと、それほど切実で、深刻です。
 それは、高津の礼拝に集う方々が、この海軍兵士のようになったら、どうしようか?と。教会ですから、生ける水が、海のようにあふれている世界のはずです。ところが、もし私が語る説教が海水のようにしょっぱくて、飲めない水だとしたら。もし私が導く礼拝が、生ける水となることなく、飲むことができない、海水を提供するだけになったら。一面、水に囲まれているようであって、もはやそれは、生ける水でない、そんな説教になったら、どうしよう。私は、牧師として、この悩みは健全だと思うのです。
 なぜなら、教会に集う方々が、生ける水を求めていない限り、私は自分の説教に悩む必要はないでしょう。サークル的にしたり、活動的にしたり、伝道的にしたり、と。でも、どこかで、ここに集ってこられる方は、生ける水を求めておられるなら、その方々を前にして語る聖書の御言葉は、飲んで生かされる、飲んで魂のそこに染み渡る、生ける水でなければならない。
 その意味で、私の悩みは健全だと思うのです。高津教会には、生ける水を求めて、礼拝に来られる方々であふれていると言うことなのです。
 しかし、私のこの悩みは、ものすごく意味のある悩みなのですが、実は悩むべき事ではないのです。

3)なぜなら、生ける水とは、聖書から引き出す私の語る説教ではなく、イエス・キリストそのものだからです。女性は、イエスさまが、神について語られたので、日頃から抱いていた質問をします。それは、礼拝の場所の問題でした。宗教の問題といっても良いのかもしれません。しかし、イエスさまの答えは、21節、場所に関係はない。神は霊ですから、霊とまことによって礼拝しなさい。
 難しい表現です。ひと言で言えば、わたしにあって礼拝しなさい。あのニコデモに、わたしにあって永遠のいのちを持つ、とおっしゃったのと同じです。
 イエスさまは、この女の目を、どこどこの神殿から、ご自身へと向けさせます。25−26節「このわたしが、それです」。わたしにあって礼拝しなさい。
 ですから、わたしの務めは、ただひたすら、みなさんをキリストの許にお連れするだけです。私たちの教会には、冷水器があります。アメリカには、自動冷水器というのがありますね。ある時、外国の方がやってきて、冷水器のところで、なにやら、そわそわしている。どうしたら、水が出てくるのかがわからない。ボタンがない。足を踏むペタルもない。どうしたらいいの?
 それを見ていた、アメリカ人が、彼に指さします。指の方向を見ると、冷水器に書いてある。「Stoop, and drink」「かがみなさい。そうすれば飲めます」。センサーがついているんですね。顔を近づけると、センサーが感知して、自動的に水 が出てくるんです。私はその話を聞いて、象徴的に感じました。stoopとは、冷水器に口を近づけて、身を低くすること。私たちは、心から遜って、身を低くして、キリストの御前に来る。私の仕事は、みなさんにstoopを教えること。
 遜って、身を低くして、キリストのもとに行くことを導くこと。イエスさまは、そうする者を裏切らない。

掲示物をメールで送信。 プリントプレビュー
DATE: 2008.03.06 - 12:59

221.114.25.29 - Opera/9.26 (Windows NT 5.1; U; ja)

6mqid3 簡単意見修正::: 一言削除 ::: IP: 178.159.37.111
<a href=http://SlammaTep.com>SlammaTep</a>
5o35ggwba3pxypfdbn
2017.06.23 - 23:36 
gepiad 簡単意見修正::: 一言削除 ::: IP: 178.159.37.111
<a href=http://SlammaTep.com>SlammaTep</a>
clkxji6jrxd0yzs1nu
2017.06.25 - 14:27 
Name   E-Mail   Password

 前文 ヨハネに見るイエス(4)――いのちのパン
 次文 ヨハネに見るキリスト(2)神のもとから...
文章投稿 *^^*削除修正返答を書くリスト

チェックされた全文書を見る
178Simple view *^^*アドナイ・イルエ(主の山には備えあり) [1431] fujimoto 2008.09.28 77160
177Simple view *^^*ヨハネに見るキリスト(7) わたしはよ... fujimoto 2008.08.02 7279
176Simple view *^^*ヨハネに見るキリスト(6)わたしは門です [2] fujimoto 2008.06.07 5511
175Simple view *^^*ヨハネに見るキリスト(5) わたしは世... fujimoto 2008.05.19 8056
174Simple view *^^*ヨハネに見るイエス(4)――いのちのパン [1] fujimoto 2008.03.28 8751
173現在参照中の文章です...ヨハネに見るキリスト(3) 生ける水にか... [2] 牧師 2008.03.06 7515
172Simple view *^^*ヨハネに見るキリスト(2)神のもとから... [1] fujimoto 2008.02.07 8618
171Simple view *^^*ヨハネに見るキリスト(1) 神が人とな... fujimoto 2008.02.07 8828
170Simple view *^^*元旦礼拝・1タラントの教会 [1] ふじもと 2008.01.03 5565
169Simple view *^^*中傷に打ち勝つ知恵 fujimoto 2007.10.20 1445
168Simple view *^^*アブシャロムの謀反 [51] fujimoto 2007.09.11 12446
167Simple view *^^*事の成り行きを変えなさい fujimoto 2007.09.04 8626
チェック項目を全て削除。 チェック項目を全て削除。

前頁 次頁
本頁が先頭ページです前へ戻る 11  12  13  14  15  16  17  18  19  20 次へ進む本頁が最終ページです
文章投稿 *^^* 再読込
投稿者氏名を検索項目欄に追加/除去タイトルを検索項目欄に追加/除去内容を検索項目欄に追加/除去 メイン画面に戻る。... *^^*