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::: 高津教会 説 教 :::


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Name   T・Y
Subject   8/9説教「パウロ(1)この悲惨な罪人をさえ」使徒の働き7:54−8:1

☆説教
しばらく黙示録に出てきます七つの教会についての学びを進めてまいりました。それは教会ということを覚える為に、あえて七つの教会を見てまいりました。プロテスタントの宣教が始まって150年のこの年、あらためて日本の教会と当時のその迫害下における七つの教会、あるいは異教の世界の中で闘う黙示録の小アジアの七つの教会と、私たちの教会とを重ねることが出来たと思います。

それが終わりまして、今日からパウロの生涯を20回ぐらいにわたって連続して話をしたいと思います。20回と言う数字をどのようにして出したのか、それはなんとなくです(笑)。私も今日の一回しか考えておりませんので、なんとなく20回ぐらいは行けるんじゃないかなぁと思っております。毎週私も勉強して講壇に立ちますので、普段ですと、随時「使徒の働き」と別々に学んで行きますけれども、パウロの生涯を通して考えて行きたいと思いますので、是非お付き合いいただきたいと思います。

聖書全体を通して、神の恵みを語るに当たって、パウロの右に出る者はいないと思います。新約聖書に4つの福音書があり、その後に使徒の働きがあり、その他へブル人への手紙や、ヨハネの手紙や黙示録があり、しかし何と言っても、私たちが礼拝の最後の祝祷にありますように、主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の親しき交わり、罪の赦し、神の子どもとされる特権、天の国の希望、それらのことを、整理して組織立てて学ぶとしたら、パウロ以外にはないのです。

使徒の働きで最初に登場するのは、ペテロをはじめとした12人の弟子たちでありました。しかしいつの間にか、使徒の働きはパウロ伝に変って行きます。初代教会において、12使徒の働きは偉大であった。しかしその月足らずで生まれた、最後に登場する、使徒の中で最も小さき使徒、13番目の使徒と言われるこのパウロほど、初代教会建立に貢献した人物はいません。また恐らくこの人物の中に、私たちはクリスチャン生涯のすべての側面、その悩みも悲しみも痛みも喜びも、神さまの恵みのすべての側面をパウロの中に見ることが出来ます。そういう意味で人間パウロ、信仰者パウロにこの夏から秋の聖書の学びを集中して行きたいと思います。

このパウロの一番最初に登場するのは、とても残忍な場面です。読んで頂きましたステパノが殉教する場面です。ステパノというのは、12使徒に続いて教会の中心にあった信仰と聖霊に満ちた人(使徒6:5)でした。使徒の働きの6章の8節をご一緒に読みましょう。聖書の学びですので、ご一緒に聖書を開いて頂くことになります。「さて、ステパノは恵みと力とに満ち、人々の間で、すばらしい不思議なわざとしるしを行っていた」。

そんな彼はやがて、キリスト教を迫害するユダヤ人に捕らえられ、イエスさまと同じように、ユダヤ教の宗教指導者たち全議会の裁判にかけられます。この宗教裁判というのは、7章の全体がステパノの弁明です。ステパノは一言で言うと、「あなた方が十字架に掛けたイエスこそ、神が私たちのために送ってくださった救い主だ」と、長い弁明の最後にそのことを力説致します。すると、それを聞いていた宗教指導者たちは怒り狂って、7:54にこう書いてあります。「人々はこれを聞いて、はらわたが煮え返る思いで、ステパノに向かって歯ぎしりした」。55節−58を読む。58節「そして彼を町の外に追い出して、石で打ち殺した。証人たちは、自分たちの着物をサウロという青年の足もとに置いた」、そこに青年サウロが、後のパウロが、石を投げて打ち殺す者たちの着物を預かって背後に立っていたと、初めて登場致します。

いったいパウロはどんな背景の人物であったのか?これからの学びで何度も彼の背景については話を致しますけれども、使徒の働きの22章の3節をお読みします。サウロの後の弁明はこう始まります。「私はキリキヤのタルソで生まれたユダヤ人ですが、この町で育てられ、ガマリエルのもとで私たちの先祖の律法について厳格な教育を受け、今日の皆さんと同じように、神に対して熱心な者でした」。

生まれたのは、イスラエルの外のキリキヤ、異教の地です。イスラエルの散らされた民として彼は誕生した。ピリピ人への手紙の中で、彼は生後8日目に割礼を受けた、自分はパリサイ人の中のパリサイ人だった(ピリピ3:5)と言っています。ユダヤ教の厳格な家庭に育てられということがあります。異教の地にあって、ユダヤの習慣と律法を厳格に忠実に守っていた家庭に育った。ということは、12歳までにすでに律法の書を暗記していたということです。その暗記のテストがあり、それにパスすることによって、13歳で成人式をユダヤの子ども達は迎えます。律法の書というのは、モーセ5書のことです。創世記から申命記までのすべてを暗記し、イスラエルの歴史に精通していたということです。

先生はご自身の小学校2年生のクリスマスで、ルカ福音書の2章のキリストの誕生のくだりを暗記したそうです。ご両親に、クリスマス祝会の中でこれを暗記しなさいと言われて、ご褒美が大きな板チョコだったそうですが、毎日のように暗記なさったとか。たとえ、そのご褒美が金の延べ棒に変ったとしても、創世記全部でもとても暗記できるものではない。それを通らされるのがユダヤ人の家庭であり、それがゆえに今日までユダヤ民族ほど多くのノーベル賞を受賞した民族はないと言われる。どうして彼らはそんなに頭がいいのか?そういうDNAであるのか、いやむしろ、厳格なユダヤ教徒であればあるほど、子どもの頃から完全なまでに聖書を暗記させられているという教育のゆえでありましょう、と先生は考察されておりました。一般に子どもの頃の方が、単純に覚える作業に限らずどんなことでも、あまり苦痛もなくやってのけるように思えますね。神さまが「あなたの若い日に創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また『何の喜びもない』という年月が近づく前に。」と(伝道者の書12:1)おっしゃって、それを実行しているのであろうユダヤ人の教育は神の摂理に適っていると思いました。

しかし、小学2年にしてルカ福音書2章を暗記したという先生の記録も、ご両親先生方のお仕込み(?)も日本人一般から見てなかなか賞賛に値すると思います。そういえば中学生の羽人くんが、まだ可愛い小学生の頃、詩篇23篇とか、聖フランシスコの平和の祈りを、皆の前で暗唱してくれたのにも喜びで感動し、全く驚いたものでした。親に信仰があれば、神が神童を育ててくださるのでしょう。

さて、サウロは大学は故郷を離れて、エルサレムの律法学者の中で第一人者と言われるガマリエルという先生のもとで勉強しました。第一の人物であり、世界的に有名な博学なガマリエル先生の下で、一生懸命に勉強した堅物で圭角でしかし優秀でもありました。実は使徒の働きにはパウロの先生であったガマリエルの話が5:27に出てきます。ペンテコステの後、臆病な弟子たちが大胆にキリストを証しします。14節には、エルサレムでキリストの救いを信じるものたちが、段々に増えて行ったとあります。宗教指導者たちは、ペテロと使徒たちを捕らえます。27節から40節まで読む。

27節 大祭司は使徒たちを問いただします。
28節 “あの名”と言うのは、イエス・キリストの名であり、“あの人”の血というのは、キリストのことです。
29節 ペテロと使徒たちは「人に従うより、神に従うべきです。」と言います。
33節 全議会は「これを聞いて怒り狂い」騒然となります。

ところが、ここに34節、ガマリエルが登場します。「すべての人に尊敬されている律法学者で、ガマリエルというパリサイ人が議会の中に立ち、使徒たちをしばらく外に出させるように命じた」。
35節 それから、議員たちに向かってこう言った。「イスラエルの皆さん。この人々をどう扱うか、よく気をつけてください」。 
36―37節 先ごろ起こった反乱で、チゥダとユダとそれぞれに従った者たちが皆滅びた例を挙げて話す。
38―39節 “あの人たち”というのは、イエスの弟子たちのことです。「もし、その計画や行動が人からでたものならば、自滅してしまうでしょう。しかし、もし神から出たものならば、あなたがたには彼らを滅ぼすことはできないでしょう。もしかすれば、あなたがたは神に敵対する者になってしまいます。」と言うガマリエルのことばに、全議会は説得される。
40節 使徒たちを呼んで、彼らをむちで打ち、イエスの名によって語ってはならないと言い渡したうえで釈放した。

12使徒たちのいのちはガマリエルという穏健な学者、すべての人によって尊敬されていたパリサイ派の人のことばによって守られたのです。その穏健さはこうでありました。一言で言えば、「神さまに委ねておけばいいじゃないですか?」最近の事情を考えれば、このチゥダと言う人物、あるいは次にガリラヤ人ユダと言う人物が立ち上がり、その一派と徒党を組んで反乱を起こした。しかし結局は、その人間的な業は神によって滅ぼされる、自滅の道を辿ったではありませんか?だからここでペテロやヨハネや12使徒たちのその騒ぎを敢えてこの手で握りつぶさなくてもいい。もし人間の働きなら、結局は滅んでしまうでしょう。しかし私たちは警戒しなければならない。もしそれが神の働きならば、彼らを迫害する行為、それを潰す行為は、神に敵対する行為となり、私たちが滅ぼされることになります。

とっても穏健なガマリエルの言葉に指導者たちは説得されます。しかしその中には、ガマリエルの穏健さに我慢ならない者もいたに違いない。そのひとりが青年のサウロでありました。彼は自分の尊敬していた先生に、この言葉によって失望するのです。なぜなら、厳格なパリサイ人に一番嫌われることは、旧約聖書の中で一番重いことば、そして後のイスラム教の中で一番重い永遠の罪に定められる罪は何かと言えば、神を冒涜するということ。神を冒涜するというのは、神を馬鹿にするというレベルの問題ではない。

イエスは裁判に掛けられて、偽証をされる。その偽証がどれも一致しない。このままではイエスは無罪になってしまう。そこで大祭司が一番最後にイエスに突きつけた質問、これが決め手となりました。(マルコ14:61-62)それは、「あなたはほむべき方の子、キリストですか?」という質問。この質問にイエスと答える、このひとりの人間に過ぎない自分が神の子に等しい者とすることは、これほど大きな神に対する冒涜はないということで、イエスの「はい。わたしはそれです。」と言うことばで、十字架に送られたのです。ですからイエスをキリストと認めること、イエスを神の子とすること、これほど大きな問題はない。その点でユダヤ教はこぞってキリスト教を迫害しているわけです。

ガマリエルの「それがもし人から出たものであれば、所詮自滅してしまうでしょう。神から出たものであるとするならば、もしかしたら私たちは神に敵対する者となるかもしれない」という、そんな穏健な判断で済ませられるようなことではないだろうというのが、やがてステパノを殺し、殺した人々の着物を預かっていたパウロのものの考え方でした。ペテロと弟子たちは解放されました。しかしステパノはそうではありません。

7章にもう一回戻って頂いて見てみます。この時はだれも間に入って止める者はありませんでした。7:57―58を読む。イスラエルの最も典型的な処刑法が、石打ちの刑です。丸いつるつるした石ではない、そこら辺に転がっているごつごつとした石をいっせいに投げる。何故青年サウロは彼らの着物を預かっていたか?それは、返り血を浴びるほどの血が吹き出ることがあるからです。ごつごつとした石がステパノの顔に当たります。その鈍い音、頭蓋骨に当たり、手や足に音を立てて当たります。そして叫び声を上げながら、血だらけになってステパノは息を絶えます。それを見ている青年サウロの心の中に、「これでいい、やっぱり、ガマリエル先生は甘い」と言う頷きが与えられます。それが8章の1節「サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。」という一行です。これがパウロでありました。

これから先、パウロは狂ったようにクリスチャン狩りをします。大人も子どももかまわず、馬に乗って、部隊を引き連れてイスラエルの国をくまなく行き巡り、クリスチャンを狩って来て、牢に投げ込んで殺すという仕事の先鋒に立つのがパウロです。と言うことは、「教会を迫害した」という抽象的なことばでは、彼のやってきた残忍さは表現できないのです。

先ほどの使徒の働きの22章にもう一回戻っていただいて、それで終わりにしたいのですが、22章の4節をご一緒に読む。「私はこの道を迫害し、男も女も縛って牢に投じ、死にまでも至らせたのです」。この道と言うのはキリスト教です。しかも5節を見てみますと、彼は、大祭司も、長老たちの全議会も、かのように活動することの権限が与えられた、筋金入りのクリスチャン狩りの指導者だったのです。どういうことでしょうか?

先月、アメリカの大統領のオバマさんが、二人のお嬢さんと奥さんを連れて、ガーナのケープコートキャッスルという場所を訪問したそうです。ケープコートキャッスルと言うのは、有名な博物館になっています。ガーナを訪れる人は必ずそこに立ち寄っています。そこは西アフリカで狩られた黒人を収容していた施設だそうで、皆さんインターネットで検索して建物も見ることもできます。何階にもなっていまして、そこに、狩ってきたライオン狩りでもない、アフリカ中から黒人を狩って来てそこに一旦収容します。そこの一階に狭いゲートがあります。Gate of No Return です。決して後戻り出来ない門です。その門をくぐりますと、西アフリカの青い海でして、二度と故郷に帰れない。人間の尊厳も奪われて、ヨーロッパにアメリカに売られていくという運命です。

人間がどれほど残虐になれるかということは、よく収容所で聞かれます。有名な所で言えば、アウシュビッツの収容所があります。第二次世界大戦の最中ですね。カンボジアのポルポト政権の下での収容所も有名です。そしてその二つとも、観光地になって訪れることが出来ます。私たちはアウシュビッツもポルポト政権もその残虐さをよく知っています。でもケープコートキャッスルはあまり知らない。

1540年〜1850年、約300年続いた欧米人によるアフリカの奴隷狩り、奴隷船。Slave Shipといわれた奴隷貿易船。1788年に奴隷廃止を訴えていたイギリスの下院議会の調査委員会が、ブルックス号という奴隷船の見取り図を議会に提出します。私はその見取り図を見ています。大きさから言いますと、この教会の1.5倍ぐらい。面積も高さも大体この中型の帆船が、船底に立って、4層になっています。一番下の層は人が立つことが出来ない。一番下の層に、一番多くの人が並べられて寝ています。まるで木の箱に並べられたタラコのようです。人間がずらーっとぎっしり並べられている図面が、1788年議会に提出され、イギリスはまもなく奴隷制を廃止致します。しかしアメリカはその後も延々とその奴隷を運んできて、カリブ海全域に、南アメリカに、北アメリカに、やがて有名な名門の財閥が出来上がって行きます。その財閥のほとんどが奴隷売買で儲けた人々でありました。

当時のイラストに“Oil Sardine(オイルにつけたいわしの缶詰)”その缶詰の中に人間が並べられているという表現があるのです。奴隷船の中には、ぎっしり-----ブルックス号の定員は450名でしたが-----実際は600名以上を運んで運行していました。最初は海に飛び込んで自殺するものもたくさん出てきました。そこで彼らは手足を厳重に互いに縛りつけられ、そして多くの奴隷達が取った手段は、わずかの食べ物、飲み物を絶対飲まなかった。そして餓死する方法を取りました。無理やり食べさせて飲ませて、何とか生かしていくという方法に対して、奴隷の告白によりますと、餓死することができた者たちは幸せだと。奴隷船で病気が蔓延し、体力の限界に達し、やがて半数以上が死んでいく。何人生かしてイギリスに連れて行けるか、何人生かしてアメリカまで辿り着かせることが出来るのか?死んでしまった遺体はそのまま海に投げ捨てます。半分以上死ぬということを考えれば、とりあえず詰め込めるだけ詰め込んで行くのか?

推定で1500万人以上のアフリカ人が奴隷船で死んだと言われる、その奴隷船の船長こそが、その残虐な仕打ちをすべて取り仕切る、悪魔のような人物でありました。どれほどのアフリカ人を殺したのか、海に捨てたのか、その張本人が奴隷船の船長です。それが世界中のクリスチャンが愛して歌う賛美歌“Amazing Grace”の作者ジョン・ニュートンです。ジョン・ニュートンの歌詞を見てみましょう。

Amazing  grace!  how  sweet  the  sound
That sav’d a wretch like me!
I once was lost, but now am found.
Was blind, but now I see.

驚くばかりの恵み、なんと暖かな響き、私のようなwretchつまり、人でなし、ろくでなし、悪党、悲惨な罪人、そんな私さえも救ってくださった恵みというその賛美歌を作るジョン・ニュートンは、一体どれほどの人を殺したのか、どれほどの人を拷問で苦しめたか、どれほどの人の尊厳と自由を奪い、ゴキブリのように扱い、それでも200人300人をイギリスに連れ帰ってその報酬を受け取っていたはず、私のような罪人という時、それは単純にアフリカの人々を迫害したという問題ではないです。

パウロは自分の口から「自分は罪びとのかしらです」(Tテモテ1:15)と言い、自分はキリスト教徒を迫害した(使徒22:4)と言う時、どういう程度のものだったのか、私たちは聖書を読むだけですけれども、彼は世界中を巡ってクリスチャンを狩って来るのです。そして女性も子どももかまわずに牢に叩き込み、死に至らしめる。自分は彼らを殺したと言う。神はそのパウロを捉える。

西アフリカを訪問したオバマ大統領に、CNNがインタビューで尋ねるのですが、「大統領、二人のお嬢さんには何とおっしゃいましたか?」大統領は非常に興味深いことを言っています。「奴隷商人たちにも子どもがいて、彼らは神を礼拝していた。ケープコートキャッスルの丘の上には、教会がある。奴隷商人たちも船長たちもそこで神を礼拝し、奴隷を買い、奴隷船に乗せ、多くの奴隷を殺していた。大統領も船長たちも、だれもがいつも自問しなければならない、周囲の人を不当に扱っていないか」。人はだれもが自分たちを自問しなければいけない。奴隷商人たちは神を礼拝しながら、人類史上最も残虐な行為をして、しかもそれによって、人種差別という歴史も作り出してしまいます。

しかし神さまはジョン・ニュートンを捉えます。そして彼の行為を整えます。パウロも同じように、神さまのためにと思ってクリスチャン狩りをし、そして年取った。ジョン・ニュートンは航海の途中で何千という死体を捨てることを命じたことでしょう。人は皆どこかで人でなしでない、悪党でない、悲惨な罪人という暗い側面を必ず、人は絶対その側面を持っているということを、絶対忘れるなとオバマさんは子どもたちに話した。私たちは救われて、これから考えていくことがあるとすれば、イエスさまは、あれほど暗闇を真っ直ぐに進んでいた彼を止めることができる。奴隷船の船長を立ちとどめることもできる。そしてイエスさまは、彼らを赦し、作りかえることができる。残忍なパウロだから、奴隷船の船長、ジョン・ニュートンだから、神の恵みを語ることができたのか?そういうことではない。

私たちの内にも、暗闇も希望も絶望もまた取り返しのつかない過去がある。過去が消せればこんな簡単なことはないんです。しかし、驚くばかりの恵みはそんな私をつくりかえ、赦し、生かしてくださる。パウロは自らを罪人のかしらだという。そして私たちも罪びとのかしらなのでしょう。それがわかるかわからないかも、神の恵みなのでしょう。憐れんでくださるイエスさまは、私たちの罪を背負って十字架にかかってくださった。この方の恵みにパウロが生かされるなら、ジョン・ニュートンが生かされてるとしたならば、この方の恵みによって、私たちがどんなに哀れな罪人であったとしても、私たちもまた恵みによって生かされていくのだと心に決めて、これからパウロのイエスの使徒としての生涯に目を留めていきたい。

☆終わりのお祈り
恵み深い天の父なる神さま、私たちもニュートン作の『いかなる恵みぞ、かかる身をも。救いの恵みに入れたもうとは』と、何度も何度も賛美します。かかる身の、このような自分の罪深さを殆んど気がつかずに、歌っていることでありましょう。しかしながら、そんな私たちであったとしても、時に聖霊の光に照らされ、またさまざまな人生の山坂を超えながら、自分の弱さ、愚かさ、自分の罪深さを痛感するところであります。
あのパウロがあなたによって声を掛けられ、とどめられ、闇の世界から光の世界へと移されましたように、私たちもまたあなたの恵みによって、移していただき、今赦され、愛され、恵みを受けて生きているのだと、心を込めてあなたに感謝することができるほど、恵みを実感させてください。イエス・キリストのみ名によってお祈りいたします。アーメン。


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