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::: 高津教会 説 教 :::


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Name   T・Y
Subject   3/7説教「パウロ(18)こうして教会は・・・」使徒の働き17:1〜15

☆説教
パウロの生涯から、今日は18回目、「こうして教会は・・・」というタイトルを付けました。パウロの第2回の伝道旅行の最中で、初めてここで『テサロニケ』という地名が出て来ます。17章の1節を見てください。「彼らはアムピポリスとアポロニヤを通って、テサロニケへ行った。そこには、ユダヤ人の会堂があった」。そして今日はテサロニケ、10節にはベレヤ、16節まで行きますと、アテネ。今日はテサロニケとベレヤでの働きを見ていただきたいと思います。

思い起こしていただきますと、パウロは小アジアの伝道を考えて第2次伝道旅行を開始しましたが、聖霊によって門戸を閉ざされ、失意のパウロは幻を見ました。それはマケドニヤ人が、「(エーゲ)海を渡って私たちを助けてください。」と(いうもの)。こうしてパウロとシラスは、初めてギリシャ圏に足を踏み入れます。今でいうところのヨーロッパという場の地域に、キリストの福音が初めて伝えられた。その場所はピリピであった。そしてピリピからテサロニケ、そこはギリシャの北部にある、マケドニア州の首都でありました。ここで展開されている出来事から今日は3つのことを、教会として学んで行きたいと思います。

1)聖書に基づいて語る者がいて、聖書を調べる者がいる。
まず一番目に、パウロはいつものように伝道します。方法は同じです。2節をご覧ください。「パウロはいつもしているように、会堂にはいって行って、三つの安息日にわたり、聖書に基づいて彼らと論じた」。“いつもしているように”、パウロは旧約聖書についてユダヤ人に語るために、ユダヤ教の会堂にはいります。

そして旧約聖書から話を始めます。これは今の私たちも同じであります。それは主イエス・キリストがこの世に来られる以前に、神の民の歴史を担ってきたユダヤ人たち、そのことを私たちは覚えます。神の救いは、この旧約の民において示され、表わされて来た。主イエスは突然この世界に来られたわけではない。主イエスはこのユダヤ人たちの歴史と無関係に突然来られたのでなく、神の働きは今日に至るまで、創世記から始まり、旧約の民の歴史があり、そしてイエス・キリストと弟子たちがあり、新約の教会があり、今に至っている訳です。ですからパウロは聖書に基づいて、いつも教えます。教会はいつも聖書に基づいて説教をします。テサロニケの教会の人々だけではない、次のベレヤという町においても。

11節を見てください。「ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた」。毎日聖書を調べるほど聖書を知っていたということです。ここで言う聖書は旧約聖書です。まだ新約聖書は編纂されていません。しかしこの姿勢はいつも同じです。語る者は聖書に基づいて語り、聞く者もまた聖書を調べます。聖書を抜きにしてイエス・キリストの救いに与るということはあり得ない。それは、神さまは何もないところから、突然私たちに語りかけるわけではないということです。私たちに語ってくださる以前に神さまは、アブラハムに語り、モーセにみわざを示し、神さまはダビデを愛され、エレミヤに幻を見させ、弟子たちにマリヤにイエスキリストは現れ、そしてパウロに現れ、私に現れてくださった。この歴史の延長線上に自分が生きていることを、みんな確認しているのです。

私が仲良くしている牧師に、八木先生という桂町(教会)の先生がいますが、この先生は60を超えて自転車が好きで、毎週200キロぐらい走るそうです。毎週200キロですよ。この先生には夢があって、奥さんといっしょに、善果姉がよく知っておられる、スペインの有名な巡礼の旅に一か月出かけたい、というのがこの方の夢です。私はそれを聞いて、何て素晴らしい夢なのだろうと思います。人によっては聖地旅行を何度も何度もしながらという。私たちにしますと、何かこう日常生活の中で、礼拝だけに来て礼拝にこだわり、まあもちろんそれが基本中の基本なのですが・・・。

しかし、私たちが味わっているキリスト教というのは、ここで生まれここで育ったものではないです。長ーい歴史の中で、時にはエジプトのピラミッドに行ったら、私たちが思うことは、ああ、アブラハムもこれを見たんだろうなと思うわけです。どこか遠くの宣教地に行けば、ああここに宣教するために、どれほどの時間がかかったのだろうと。

(今ケニアを旅行している)中川くんが行くテヌエックという町は、ある町から歩いて10日かかる長さと言うのでその名前が付けられたとか。(注***以前宣教師さんにTEN WEEKが訛った言葉だと、つまり空港から10週かかるところと聞きましたね。T・Y)お人がはいって行かない町。一番近い村からでも10日かかって山道を辿って、ようやくそこに辿り着いて、そこに病院を作ろうとした、恐らく中川くんはその病院を見ながら、当時の人々の宣教師の苦労に思いを馳せていることでしょう。そしてその病院が建ち上がった時の、その建てた人々の信仰がどこかに刻まれているはずです。そして聖書の個所がどこかに記されているはずです。

私たちが係わるキリスト教の歩みというのは、いつも、どこかで聖書にたどり着く。その延長線上の中にこんな小さな私が加えられている。聖書に記されている人物伝はすべて自分に通じるものである。何千年前の出来事が、今の私の人生に力を与え希望となる。だから聖書を調べる。

では聖書は何を語るのか?このことを取り上げますね。3節をご一緒に読みましょう。「そして、キリストは苦しみを受け、死者の中からよみがえらなければならないことを説明し、また論証して、『私があなたがたに伝えているこのイエスこそ、キリストなのです。』と言った」。

「私があなたがたに伝えているこのイエスこそ、救い主なのです」。それでこの救い主のことを、彼は十字架と復活に基づいて証しをします。「死者の中からよみがえらなければならない」、“〜しなければならない”ということは、キリストに与えられた使命を意味します。必ずそうなるように、神が定められたということです。つまり、主イエスが私たちの罪を担って十字架にかかり、私たちを苦しめている究極の絶望である死を打ち破るということは、旧約の昔から神が定めておられたことであったということを話した。今でも聖書をひも解いたら、その神さまのご計画が私たちに迫って来るのです。

あなたにとって最大の問題は何ですかと言われれば、私の職場だったり、転勤だったり、家族だったり(するのですが)、最大の絶望は何ですかと訊かれたら、紛れもなく、死ですね。私たちはこの死に向かって歩んでいる。自分にとって何が頼りですかと言われれば、それは同じように、経済的な問題であったり、仕事の問題であったり。しかしあなたが神の前にやがて立つときに、何が一番問題なのですかと言われれば、紛れもなく私の罪深さです。

沢山の希望を持って、新しい年度に踏み出すのですけれども、しかし、もしそれが明日終わるとしたならば、貯めていた貯金を使うことに一生懸命になるのか、会いたかった友達に会うことに一生懸命になるのか?いや、人生が明日終わることになるとしたら、あなたは教会に来て、そして自分の罪を悔い改めることに専心するはずじゃないですか?自分の持っている問題、究極は何かと言われれば、死であり、果たしてその死を超えて神の前に立つことができるかという問題であります。私たちはいつもそこから、イエス・キリストの救いを考えるわけです。

でもそれに伴い、主イエスを信じた者たちは、主に従う者たちは、主が備えてくださった天国への道を歩み始める。神の国はすでに始まっているのです。この世にあって、神を神として、キリストの救いに与って生きている者たち、試練の中にある平安、迷いの中にある導き、悪の中にある正しさ、失望を乗り越えて生きる希望、私のような者に注がれる神の愛、聖書は何を語るかと言われれば、聖書は究極的にこのキリストの救いを語るのです。

そしてその時、時代と文化を超える。みことばは時代と文化を超えて、聖書はユダヤ教やユダヤ人たちの、(外国の古い)古文書ですよ。私たちは普通に日本語で読んでいますが、これは古文書ですよ。一番古い部分が書かれたのはいったいいつか?まあ、編纂されたと言えば今から3500年ぐらい前でしょう。でもその編纂される前の原資料はいつごろ書かれたかと言えば、はるか4000年ぐらい昔の文書です。しかしそれが現代の日本の私たちには解らないの、難しいのと言われたとしても、(それは細かいことにはいれば難しいです。)しかし、ここでパウロが宣べ伝えた、救い主イエスの十字架の苦しみと死と復活による神さまの救いの恵みについては、まったくそうではない。

テサロニケの人々はユダヤ人ではないです。でも自分の死や、罪深さを考えて、あるいはこの世界の絶望や難しさを考えていたテサロニケの人々は、納得を以ってこのイエス・キリストを受け入れます。4節を見てください。「彼らの内の幾人かはよく分かって、(というのは納得を以って)パウロとシラスに従った。またほかに、神を敬うギリシヤ人が大ぜいおり、貴婦人たちも少なくなかった」。貧しい者たちだけではない。豊かな者も、この教会に加わるようになったということです。

2)福音を受け入れる人と、退ける人がいた。
今見ていただきました4節は福音を受け入れた人々です。ところが、すぐに5節に「ねたみにかられたユダヤ人は、町のならず者をかり集め、暴動を起こして町を騒がせ、またヤソンの家を襲い、ふたりを人々の前に引き出そうとして捜した」。

騒ぎを起こす。ひとことで言いますと、パウロとシラスが語る福音なんか聞きたくない。聞きたくない、それは聞きたくないと思います。なぜならその話は自分たちの罪に、あるいは愚かさに、汚れに、弱さに、情けなさに触れるような話で、そしてその話は金もうけとは関係ない。その話はこの世界の具体的な出来事とは関係ない。そんな話は聞きたくない。

ベレヤでも同じです。11節を見てください。「ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた」。「そのため、彼らのうちの多くの者が信仰にはいった。その中には、ギリシヤの貴婦人や男子も少なくなかった」(12節)。「ところが、テサロニケのユダヤ人たちは、パウロがベレヤでも神のことばを伝えていることを知り、ここにもやって来て、群衆を扇動して騒ぎを起こした」(13節)。ということは、やっぱり妨害して、福音を退ける人もいるのです。

教会が生まれて行くときに、必ず聖書に基づいて福音が語られる。そうすると、それを受け入れる人々と退ける人々がいる。今日は受け入れた人々をちょっと見ていただきたいのですが、テサロニケ人への手紙 第一の2章13節をご一緒に読みたいと思います。後にパウロは、テサロニケの教会の人々にこういうことばを手紙に書いています。「こういうわけで、私たちとしてもまた、絶えず神に感謝しています。あなたがたは、私たちから神の使信のことばを受けたとき、それを人間のことばとしてではなく、事実どおりに神のことばとして受け入れてくれたからです。この神のことばは、信じているあなたがたのうちに働いているのです」。

まさにここに記されている“あなたがた”というのは、使徒の働きの17章の“あなたがた”です。テサロニケでパウロとシラスが神の使信のことばを語るというのは、キリストの福音を語るときに彼らはそれを受けたと書いてあります。3行目に、あなたがたは、私たちから神の使信のことばを『受けた』というのは、ギリシャ語では、パラ??(よく聞こえませんでした。ごめんなさい。T・Y)『聞く・耳を傾ける』という意味。福音に耳を傾けたときに、ある者たちはそれを人間のことばとしてではなく、事実どおりに神のことばとして『受け入れてくれた』。これはギリシャ語ではデコマイ『受け入れる・信じる』という意味。つまり、耳を傾けて聞いただけでなくして、心を傾けて、自分の心の中に取り込んだということです。退ける人々もいた。しかしそれを信じた人もいた。その信じた人はどういう人であったかと言うと、耳を傾けただけでなく、心を傾けて、事実通り神のことばとして受け取ったのです。

テサロニケの教会はどのようにしてできたのか?
この前私は山口に行きましたときに、山口というのは日本で一番最初にキリスト教会ができたところでありますが、ザビエルが地元の藩主から許可を受けて、伝道するならこの公園から伝道しなさい(と言われた)。今は昔の教会が焼けてしまいまして、新しい教会ができていますが、ザビエルは公園の一角に立っていったい何をしたのか?当時の絵が残っています。そしてザビエルに与えられたのはお寺です。お寺の境内が与えられ、畳敷きのところでザビエルは住んでいたわけですが、いったい何をしていたか?やっていることは同じですよ。日本人は誰も聖書を解らない、聖書も持っていない。日本語もよくわからない。しかし聖書を語るのです。

それから数百年して横浜にへボンがやってきます。ヘボン先生はお医者さんでした。そしてヘボン式ローマ字をなぜ開発するのか?それは聖書を日本語で教えたいから。そしてヘボン先生は明治学院大学をつくるわけですが、何のために?それは聖書を理解してもらいたいがために作るわけです。もう全部が聖書のためです。

ザビエルにしても、ヘボン先生にしても、パウロにしても、聖書に基づいてどうやって、人々に福音を伝えて行くか?イエス・キリストの福音を伝えたのです。しかし、その中には憤って退ける人がいるのです。しかし、そこには神を敬い、耳を傾け、耳を傾けるだけでなくして心も傾け、心の中に福音を取り入れる、信じる人がいるのです。そのようにして、すべての世界中の教会が出来上がり、そしてすべての世界中の教会が今日も礼拝を捧げているのです。これなくして、教会はない

私たちの教会には備えつけの聖書がある。私は備えつけの聖書に必ずしも反対派ではない。なぜなら聖書は重い。だけど、どんなに備えつけの聖書を使ったとしても、聖書を持っていない人はいない。自分の聖書はやがて私たちは聖書を読むことができないでしょう。目が不自由になる。しかしどんなに目が不自由になっても、覚えた聖書のみことばは次から次へと出てくることができるようになる。聖書を開かなくても、その説教を聞くだけで聖書を読むことができるように、私たちは聖書に親しんでいなければいけないのです。

3)こうして(伝える)教会はできあがる。
もう一回復習しますと、1番目に 聖書に基づいて語る者がいる。聖書を調べること、聖書を知っている者がいる。2番目に福音を退ける者がいるけれども、心を傾けて福音を聞く者がいる。しかも、聞いた福音を神のことばとして受け取る者がいる。しかしそれに留まらない。3番目のポイント、もう一度、第一テサロニケの1章の8節をご一緒に読みたいと思います。これがテサロニケ教会の姿です。「主のことばが、あなたがたのところから出てマケドニヤとアカヤに響き渡っただけでなく、神に対するあなたがたの信仰はあらゆる所に伝わっているので、私たちは何も言わなくてよいほどです」。

「主のことばが、あなたがたのところから出て」というのは、さっき言ったように、主のことばは一旦彼らのうちに入ったのです。入ったことばが今度は出て、マケドニヤとアカヤに響き渡っています。そして神に対するあなたがたの信仰はあらゆる所に伝わって行くのです。心を傾けて、自分のたましいの中にイエス・キリストの救いを受け取っただけではない。その受け取った救いが彼らのところから出て、近隣に響き渡る。おお、藤本満はクリスチャンになったのかという、驚きの事実をもってそれが響き渡る。やがて彼はクリスチャンなのかということが、あらゆるところに伝わって行く、そしてその救いの喜びが、何も言わなくても、ゆっくりと、時には激しく伝わって行く。テサロニケの教会は主のことばを伝える教会になりました。

“こうして教会は”というと、教会は福音を信じ福音に生きる。しかしその福音が出て行く、つまり伝道のエネルギーを失わない教会。パウロとシラスは伝道のエネルギーを持っていました。それをテサロニケのユダヤ人は的確に表現しました。テサロニケのユダヤ人がパウロとシラスを訴える時に「彼らは世界を騒がす者たちです」とこう訴えました。伝道に燃えた世間のお騒がせ者でありました。

昔この教会を創設しました勝間田忠先生は、この先生の自慢があった。この先生ほど声の大きな人はいなかった。路傍に立つと、この先生はマイクを使わないでもあたり一帯に声が響き渡る。昔インマヌエルの先生方は声の大きい先生が多かったですね。近所迷惑になるぐらい(笑)。声が大きいだけではない。話しているうちにだんだん熱くなる(笑)。あんな小さな教会で、そんなに叫ばなくてもみんな充分に解るんじゃないかと思うぐらい(笑)。パウロとシラスは世間のお騒がせ者のように伝道していたのでしょうね。

それから先、伝道のメソッドは変わりますよ。やがて私たちの時代になれば、ラジオを通して伝道されるようになり、しばらくしますと、テレビが伝道に使われるようになる。以前、羽鳥明先生と話しましたが、あの先生は太平洋放送というラジオ伝道に情熱を燃やされましたね。なぜ先生はラジオだったのか?昔先生はアメリカに住んでおられた。そして、戦争が始まり日本人が収容されていく。その収容先で日本人を励ますために、ラジオで福音が語られるようになり、そして多くの日本人にキリストの信仰が伝えられるようになった。その時はラジオしか手段がなかった。ラジオしか手段がなかった時代から、今はTVがあり、インターネットがある。私たちの高津教会の伝道方法も変わりましたよ。かつては溝の口で路傍に立った。私もよく立ちました。路傍で説教もしました。嫌味も言われました。石は投げられなかったけれども・・・(笑)。だけどそういう時代から、今は高津教会に訪ねて来られる方がいらっしゃる。インターネットを見て来られるでしょう。

でも私たちは伝道のエネルギーを失ってはいない。昔は毎週伝道会がありました。伝道会の前に路傍に行き、よくやってたなと自分でも思いますよ。礼拝があり、午後の委員会があり、そして五時の準備祈祷会があり、溝の口で路傍をし、そして伝道会が7時半から。もうその頃には私たちはくたくたですよ。(笑)今そんなことをやったら死ぬんじゃないかなと思いますね。でも私たちは伝道のエネルギーは同じです。ある意味コンサートをし、コンサートがマンネリ化するかもしれない。まあ、マンネリ化してもかまわない。何とか工夫します。一人でも多くの人がキャンドルサービスに来るように、来た人が教会につながるように。何とかして皆さん・・・。

統計が出ていました。看板を見て日本の教会に来る人は10%いかない。牧師の名前で教会に来る人は5%以下だとか。宣伝を見て教会に来る人は、十何%、そして約70%の人が友人に誘われ、家族に誘われ、親戚に誘われて教会に来るのだと言います。伝道のエネルギーを持っているのは、信徒でなければいけないですね。

テサロニケの教会は典型的です。なぜなら、パウロとシラスはテサロニケを去り、ベレヤを去ります。迫害によって彼らは出て行かねばいけないのです。15節を見てください。14節から、『そこで兄弟たちは、ただちにパウロを送り出して海辺まで行かせたが、』いったいどれぐらいベレヤに留まることができたか?数ヶ月です。シラスとテモテはベレヤに踏み留まりますが、パウロは出て行かなければいけない。15節に「パウロを案内した人たちは、彼をアテネまで連れて行った。そしてシラスとテモテに一刻も早く来るように、という命令を受けて、帰って行った」。究極、最後は、やっぱりテサロニケと同じようにベレヤでも、パウロとシラスは去って行かねばならない。しかし、伝道の情熱は信じた人々の中に残ったのです。やがて数年後に、神のことばはテサロニケの人々から出て行くのです。アカヤにも伝わり、いたる所であなたがたの信仰が響き渡るようになる。すなわち、最初はテサロニケの教会はあのルデヤの場合と同じように、家の教会、家庭集会だったのです。しかし、それが教会として建てられて行き、やがて伝道の拠点となって、マケドニヤ・アカヤと福音が伝えられ、あらゆるところに響き渡って行って、こうして教会は立て上げられて行くのです。

ある町の街道について興味深い話を聞いたことがあります。東海道を走る藤枝街道。川崎にある、そこは大山街道。大山街道はなんであんなに細いのだ?中原街道、皆さん通られますね。細くて、歩行者が危ないというぐらい、車がよく両側を走っているというぐらい狭いですね。明治まで溝の口は宿場町でした。街道っていうのは今でも随分狭いと思いますね。しっかりとした名前の付いている歴史的な街道であればある程狭い。まあもちろん、昔は車が通ることがありませんから、十分広いと言えば広いのでしょうけれども。藤枝街道に、ものすごく狭いところがあると聞きました。古い資料を見ますと、地元の人のこういう答えがあります。なんで、馬も馬車も通れないじゃないですか?なんで?「いや昔はもっと広かったのです。でも道ばたの畑を持っている衆が、農家の人たちが、両側からちょっとずつ小突き、100年もたたないうちにあんなに広かった街道がこんなに狭くなっちゃった」。私たちは皆いい根性しています。(笑)もう、土地に対する執念は、一年にひとかきですね。一年に1〜2回ひとかきをやるだけで100年もしない内にほとんど自分の畑になってしまう。(笑)まあそういう風にして教会の敷地を広げるわけにはいかないのですが(大笑)、私たちの気持ちは同じですよね。

テサロニケ教会は100年必要ではなかった。わずか数年のうちに、最初は家の教会として肩身の狭〜い思いをしている。でもパウロやシラスからもらった伝道の情熱は彼らから去らない。数年後には神のことばはそこから出て、ほかの町々、恐らくベレヤの教会も協力したのだろうと思いますが、ほかの世界、いやあらゆるところに彼らの信仰が伝わって行くようになる。高津教会はまさにそういう教会だと思います。そういう教会だと胸を張って言いたいと思います。

☆終わりのお祈り
恵み深い天の父なる神さま、やがて受け入れた人々が、その神のことば、福音の素晴らしさをそこから出して、世界中に鳴り響かせたという、テサロニケ教会のような教会でありますように。私たちはいつも、交わりのために心を砕き、伝道のために力を尽くし、自分の持てる財も時間も捧げて、少しでも神の国の地境を広げるために、この世の道を崩して、イエスさま、あなたの道にしようと一生懸命です。ですから、私を助けてください。家族に福音を伝え、親せきに福音を伝え、地域に福音を伝え、何とかして神の国を広げようとしている私たち、さまざまな妨害にあって、本当にがっかりすることの多い私たちでありますが、主よ、どうか与えられた情熱を決して失うことなく、あなたのために、あなたと共に、労をする教会でありますように。イエス・キリストのみ名によってお祈り致します。アーメン。



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