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::: 高津教会 説 教 :::


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Name   T・Y
Subject   11/7説教「パウロ(35)試練のトンネルの中で」使徒24:24〜25:12
11/7説教「パウロ(35)試練のトンネルの中で」使徒24:24〜25:12

☆説教
ずっと続けて来ましたパウロの生涯の学びもようやく35回目で、結局2010年という年はず〜っとパウロの生涯を見て来ました。私は来年の元旦礼拝に、使徒信条の学びを始めたいと思っております。しかしあせらず、ちょうどタイミングよく年末最後の礼拝に、パウロの生涯の最後に行き着くことができるようにちょっといろいろ調整を計っていますが、クリスマスが始まりますので、遅れてしまうので、もしかしたらうまくいかないかもしれませんが、お許しいただきたいと思います。

パウロの生涯の最後の学び、そろそろ結末を迎えようとしているのですが、その結末の部分で私たちはすでに4―5回引きずっております。私たちが引きずっているというよりは、パウロの生涯の中で、この最後の結末の部分がとっても長い。そして理解するのに困難なくらい、延々と引きずって行きます。

パウロはエルサレムで捕えられ、そのときの暴動になりそうになったところをローマの千人隊長が彼を保護して、神殿の側にありました兵営に連れて行かれる所を、パウロが千人隊長に願い出て自らの立場を弁明している、それが22章。

今日はすでに24章ですね。

そのうちパウロはエルサレムの全議会において裁判になります。それが23章です。そこも学びました。裁判は一方的で、パウロは殺されかけます。千人隊長は、パウロがローマの市民であることを知って、身柄をエルサレムから北にしばらく移動したカイザリヤにいる、ローマの総督ペリクスのもとに護送させます。

そうして、ペリクスの前で弁明しているパウロを、私たちは前回学びました。それが(24章)24節です。

ですから逮捕されて22章、23章、24章と学んでまいりまして、今日は24章後半から25章にかけてです。 

使徒の働きの最後は、読んでいる私たちが混乱するほど、逮捕されてからのパウロを描いて行きます。ひとことで言うと、至る所に連れ回され、訴えられ、弁明し、護送され、監禁状態が延々と続きます。その中でパウロはたとえば、エペソの手紙、ピリピの手紙、コロサイの手紙という幽囚書簡と呼ばれる手紙を書いて行くわけですね。

そして、その中で、パウロのとって一番しんどい思いをしたのがおそらく今日読んだところではないかと思います。24章の27節を見てください。

24:27「二年たって後、ポルキオ・フェストがペリクスの後任になったが、ペリクスはユダヤ人に恩を売ろうとして、パウロを牢につないだままにしておいた」。

というのは、前回学んだペリクスの前での裁判から、なんと2年間パウロはほったらかしにされていた。そしてペリクスの後任フェストが、このユダヤ地方のカイザリヤを駐屯するローマの総督になるまで、パウロの裁判の結審は延期されたままになっていたということです。ペリクスは、パウロの無罪を認めますけれども、釈放してしまったらユダヤ人が怒るでしょう。そこで、ユダヤ人に恩を売るため、裁判を終えるのを延々と引き延ばして、そして2年間もパウロは獄中で過ごすことになります。

その事を頭に入れながら、3つのポイントで少しお話をしたいと思います。

1)    翻弄される苦しみ
2年間パウロ側から何の申し立てもすることができませんでした。ヨセフが牢獄に入っていたのが2年です。南アフリカの、アパルトヘイトと戦った青年弁護士ネルソン・マンデラが投獄されていた期間は27年です。しばらくしたら軍事政権下のミャンマーで総選挙を迎えますが、民主化の指導者アウン・サン・スー・チーさんが軟禁されて20年です。

なぜそんなに時間がかかるのでしょう?ネルソン・マンデラにしろ、アウン・サン・スー・チーさんにしろ、なぜそれほどまでに、一方的に監禁され、あるいは牢獄に入れられるのか?それはひとことで言えば、権力を相手にしているからです。

エルサレムの全議会はパウロをローマの総督に引き渡し、パウロはさまざまな弁明をしますが、彼の行く末というのは、ローマの総督の自己本位な都合でパウロを2年間ほったらかしにされていて、その間、パウロは自分の人生いったい何が起こっているのか、この先どうなるのか、知る由もない。それはひとえに彼が権力の下で翻弄され、ただそれにじっと忍耐しているだけのパウロです。

アウン・サン・スー・チーさんの演説集というのが出ていました。その演説は自宅からなされ、あるいは手紙によってなされ、かつて人前で堂々と大軍勢を前にしていた演説とは、また少し違います。ネルソン・マンデラは、27年の投獄期間を自分にとって最も大切な訓練期間だと言うことができる、その精神力も素晴らしいと思います。私たちはもしかしたら自分の人生で、そのように権力の下で翻弄され、じっと忍耐しているだけの人生はないかもしれません。しかし同じように、引き渡され、監禁され、せき止められ、自分の自由が利かずにじっとしている期間、それが一年でも二年でもあるということは、私たちにとって尊い期間であるかもしれません。

かつてパウロはシラスと共に、ピリピで投獄をされました。その夜、彼ら二人は背中に鞭打たれながらも、讃美歌を歌い、そして地震を神さまが起こしてくださり、地震によってあわてて看守が、パウロのもとに、「私たちは救われるために何をすればよいのでしょうか?」と、なんとバプテスマに与る。あの(牢獄が壊れ、看守が救われて洗礼を受けた)夜とは全然違います。二年間、いったい自分の人生はどうなるのだろう。一箇所にじっとしているだけ。これまで絶えず動き回って、小アジア・ギリシャを伝道していたパウロとはわけが違う。ただ待つだけの二年間。何を待っているのか?それはひたすらに神さまが動いてくださるのを待っているのです。

パウロには握っている約束がありました。23章の11節をご覧ください。これがパウロが握っている約束なのです。11節はご一緒に読みたいと思います。

23:11「その夜、主がパウロのそばに立って、『勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない。』と言われた」。

「しなければならない」というのは、命令であると同時に約束です。なぜなら、「しなければならない」ということは、神さまがそのように決めておられるということ。必ずあなたはローマに行くことになる。ローマに行きたいというパウロの志、ずっとパウロはその志を抱いていました。そして神さまご自身が、この志を受け取ってくださり、それを実現してくださるという約束を、主イエス・キリストの声を通して与えてくださった。   
    
確かにその後、パウロはエルサレムから北へ行った、カイザリヤに護送され、少しはローマに近くになりました。ところがどっこい、でも、そこから2年間も、一歩も前進せず、ひたすら待たされて行くのです。

信仰者としてこの世を生きていく私たちは皆、このような苦しみをどこかで体験するのです。神さまの約束を信じて、御心に従い、約束の実現を待ち望みながら、延々と待って生きる。しかもそれが、人間の様々な思いや権力の都合や会社の都合で、自分の願いも自分の行き先も妨げられて行くということがしばしばあります。自分を取り囲む人々の、利己的な思いによって、自分の願いがストップされ、挫折させられてしまう。
          
そういう時私たちは、自分の信仰につまずきを覚えますね。神さまがこの世界を、私たちの人生を支配しておられ、導いてくださっているはずではないのか、それが一歩も動かない。でも一歩も動かないことで、私たちは忍耐を学びます。信仰は、忍耐に裏打ちされていないと、実に薄っぺらです。薄い氷のように、忍耐がなくても、信仰は純粋でまっすぐかもしれない。でも忍耐がない信仰というのは簡単に割れてしまいます。

 クリスチャンになって間もない青年が、礼拝の説教の中で教わりました。
「祈るなら、忍耐を学びなさい。忍耐がないのなら、祈る資格もありません」。
 青年は、礼拝が終わった後に、教会の役員さんに言いました。
「ぼくのために祈ってください。忍耐が与えられるように祈ってください」。
        
すると、その信仰の大先輩は、彼の肩に手を置いて祈りました。
「主よ、この兄に、朝に試練を送ってください。昼にも試練を与えてください(笑)。そして、夜にも試練を送ってください(笑)」。

青年は祈りが終わってから、困惑して尋ねました。
「ぼくは、自分は忍耐を与えてくださいとお願いしたのに、どうして試練を与えてくださいと祈るのですか?」
「それはね、忍耐だけは、試練が来ないと培われないんだよ。信仰は神さまから賜物として、一瞬にして授かることもある。でも忍耐だけは、試練がなければ育っていかないんだよ。忍耐は試練によって培われ、そして、忍耐がない信仰は、本物にはならないんだよ」。

私たちはパウロの信仰が本物であるかどうか、よく知っています。しかし、考えさせられることは、パウロが回心して間もなく、エルサレムの教会に受け入れられる時、故郷に引きこもり忍耐を培われますけれども、しかし自分の生涯の最後に至ってもまだ状況に引きずられ、それでもひたすら神さまに信頼して行く、この2年を過ごしていたということです。

2)パウロが獄中で学んだことは忍耐だけでなく、神さまの摂理の御手は必ず動くということを学んだ。

25:1「フェストは、州総督として着任すると、三日後にカイザリヤからエルサレムに上った」。

すると、2節、2年経った今でも、ユダヤ人の主だった宗教指導者は、パウロのことを忘れていませんでした。そして、新しく着任したフェストにパウロの裁判はどうなっているのかと迫ります。2節にパウロを訴え出ます。

2節「すると、祭司長たちとユダヤ人のおもだった者たちが、パウロのことを訴え出て」、

パウロは、11節、ちょっと飛びますけれども、ローマの市民でありますから、カイザルに上訴することをフェストに提案します。

11節「もし私が悪い事をして、死罪に当たることをしたのでしたら、私は死をのがれようとはしません。しかし、この人たちが私を訴えていることに一つも根拠がないとすれば、だれも私を彼らに引き渡すことはできません。私はカイザルに上訴します」。    

カイザルというのは、ローマの皇帝です。

12節「そのとき、フェストは陪席の者たちと協議したうえで、こう答えた。『あなたは(皇帝)カイザルに上訴したのだから、(皇帝)カイザルのもとへ行きなさい』」。

皇帝のもとへ、ローマへ行け。すると、フェストが着任して急転直下に道が開かれて行くということです。いったいどのようにして神さまの摂理の御手が伸ばされていたのか、いったいどのようにして神さまの摂理が裏で働いているのか、それは私たちには到底解らない。しかし忍耐している間、神の見えざる手は決して私たちの人生から手を引っ込めることなく、どこかでそれは動くのだということをパウロは学びます。

以前、欧米の教会で、神さまの摂理に言及して、よくこんな例話が語られました。それで、私はその例話を思い出すために、昨日の夜インターネットで探して、日本では都市伝説の中に入っていました。ということは裏が取れない例話ですので、実話かどうかは確かめるすべはありません。でも、おおよそクリスチャンの説教者であると、この例話は聞いたことがある。

19世紀の後半の事です。スコットランドの片田舎に貧しい農夫の少年がいました。ある日、彼が畑仕事をしていると、近くの沼の方から叫び声が聞こえてきました。少年は何事かと思い、急いで沼に走ると、なんとそこに、沼に身をとられた男の子が助けを求めていました。そして、助け出します。
 
次の日、今までに見た事もないような立派な馬車が、少年の家の前に止まりました。馬車から降りてきた紳士が少年の家族に言います。
「私は昨日あなたに助けられた子どもの父親です。」
「君は私の息子の命の恩人です、是非謝礼をしたい。」

しかし少年も家族も言いました。
「自分は人として当然の事をしたにすぎません。お金を受け取るわけにはいきません。」
 紳士は尋ねました。
「君は、将来何になりたい?」
少年はためらいながらも、
「自分は医者になりたい、病気で困っている人を何とか助けたい。」と言います。

紳士は約束を致しました。「君が医学部に行けるようにしよう」。
やがて少年は、ロンドンで最高レベルの学校で学ぶことができるようになりました。

また命を助けられた紳士の息子は、自分の命はどうせ一度は死んだものだと思い、せっかく再び与えられたものであるならば、少しでも世の人のために役立てようと強く決心して、政治家となりました。

紳士の息子の名前は、チャーチル。第二次世界大戦で、圧倒的なドイツ軍を前に、風前の灯にあったイギリスを断固として救い出し、戦い抜いたイギリスの首相です。第二次大戦中、不運にもチャーチルは肺炎を患いました。これは事実です。周囲の人は、ただただ祈るのみでこの肺炎に何ら打つ手がなかった。

そんな時、彼のもとに、発見されて間もない新薬・ペニシリンが届けられます。このペニシリンの発見者こそが、フレミング、そう、かつてスコットランドの田舎町の貧しい農夫の息子であった、そして、沼で溺れたチャーチルを救い、チャーチルの父に学費を支援してもらい医者になったアレクサンダー・フレミングその人でした。

フレミングとチャーチルがここで結び合わされる神の摂理の御手というものが、聖書の至る所で見かけることができる。

イサクが与えられるまでのアブラハム、ミデヤンの荒野で40年を過ごすモーセ、サウルに追われて荒野をひたすら逃亡するダビデ、みんな膨大な時間の中、人の悪意、状況の困難さ、そして、全く動くことのない何年も何十年も過ごすその時間の中で、一つ悶々として過ごしながらも、どこかで人として忍耐を学び、その忍耐に信仰が裏打ちされて、神さまの御手は彼らから離れていることはない。膨大な時間の果てで、フレミングとチャーチルが出会うように、私たちもまた、人の助けを受けながら、神さまの摂理の御手によってこの人生が動いて行く。

ペリクスはパウロに“待った”をかけ2年間、(パウロは)何もせずに留められた。しかし何もせずに留められる中から、人生の忍耐を再び学び、そして尚かつ、ある日突然に神さまの御手によって、自分のいのちが解放されて行くということを彼は学びました。

3) パウロは自分の人生をキリストの十字架と重ね始めた。

パウロは、この2年で学んだのは忍耐だけではありませんでした。忍耐だけでなく、神の摂理の動きだけではなく、私は思うのです。この2年間を通して、パウロは、恐らくこの時期から、自分が受けている扱い、その人生の道筋を、キリストの十字架と重ねて考え始めたのではないか、と。

(25章の)8節をちょっと見てください。  
8節「しかしパウロは弁明して、『私は、ユダヤ人の律法に対しても、宮(神殿)に対しても、またカイザル(ローマ帝国)に対しても、何の罪も犯してはおりません。』と言った」。

ユダヤ人の律法と神殿に対する罪というのは、宗教的伝統に対する罪です。私はそれに対しては無罪です。カイザルに対しての罪というのは、ローマ帝国に反逆する政治的反逆の罪ですから、それに対しても私は無罪です。(とパウロは言っているの)にもかかわらず、その両方をもって、パウロは捕えられているのです。
            
こうしてパウロは、イエスさまと同じように告発されました。そして、7節の最後を見てください。

7節「パウロが出て来ると、エルサレムから下って来たユダヤ人たちは、彼を取り囲んで立ち、多くの重い罪状を申し立てたが、それを証拠立てることはできなかった」。

イエス・キリストの裁判においても、偽証を立てる人が何人も登場しますけれども、その偽証は一致することはありませんでした。

イエスさまがピラトの前で告発されたように、パウロはそのピラトの後任ペリクスに告発され、そして今ペリクスの後任のフェストの前で告発され、そのようにして彼の人生は次から次へと引き渡されていくのです。
                
私は受難週の時によく話しますが、受難週、受難というのは、英語ではPassionです。ラテン語ではパッシオですから、英語ではpassiveというと、たとえば受動態とか受動、受け身です。苦しみっていったい何なのか?キリストの受けられた苦しみというのは、自分ではどうすることもできずに、ひたすら人から何かされる難です。この世界には、私たちが自分から飛び込んで行って私たちが犯す難もあるでしょう。しかし多くの場合、私たちはどう動くこともできない。ただひたすら艱難の方が私たちに襲いかかり、私たちは何とも無力にその中に捕えられてしまう。

先ほど一緒に読んでいただきました 詩篇の124篇をちょっと見てください。124篇の7節に、「私たちは仕掛けられたわなから鳥のように助け出された。」というのは、小さな小さな鳥が仕掛けられたわなにはまったときに、どうすることもできずに、わなの中でじっとしている。最初はバタついてバタついて何とかこのわなから出ようとする。しかし全く無力です。そのわなの中から助け出されると言うと、7節の最後に、「わなは破られ、私たちは助け出された」。そして、(8節)「私たちの助けは、天地を造られた主の御名にある。」(と言えるのです)。

パウロはこの時、主イエス・キリストの十字架を、自分の歩みと重ねて行ったに違いない。主イエス・キリストは逮捕され、監禁され、引き渡され、裁かれ、ただ一方的に苦しみを押し付けられ、そして最後十字架にかけられて行くとすると、もしかしたら自分はこのわなから助け出されることはないのかもしれない。パウロはその人生の最後にあって、自分のやがて来る殉教を、自分自身に重ねて行ったのかもしれない。しかしながら、それを重ねれば重ねるほど、パウロの心に一つの希望が灯されるようになった。それをピリピの手紙の3章を見て終わりにしたいと思います。

ピリピの手紙はパウロの獄中書簡と言われます。これはおそらく、カイザリヤの獄中ではなく、ローマの獄中から記されたのではないかと言われていますが、いずれにしろ牢獄に入れられていた時にパウロが学んだことを記しています。

ピリピ3章の10節〜14節を皆で交替に読んで行きましょう。

10節「私は、キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり」、

11節「どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです」。

12節「私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕えようとして、追及しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕えてくださったのです」。

13節「兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み」、

14節「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして、一心に走っているのです」。

目標を目指して一心に走っているパウロは、どこにも行ってないのです。牢獄の中です。でも彼は、自分の人生をひたむきに前のものに向かって、目標を目指して一心に走っていると表現することができる牢獄のパウロ、その目標は何か?11節には、「どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです」。あるいは、14節には、天の御国で「栄冠を得たい」。私たちはまだ天の御国で栄冠を得たいという究極の目標を感じるよりは、今あるこの事態から脱することをしたいという、こちらの望みの方が大きいと思いますね。

でも表現は重なります。それは復活に達したい。状況を何とか逆転してほしい。何とかして倒れた自分自身を、自分の家族をもう一度主よ、起こしてください。そして今の状況をひっくり返してください。パウロはその願いを追求して追及して追及して最後、牢獄から出ることのない自分は、天の御国においてこの状況は完全にひっくり返る、と言う所まで行くのでしょう。でもそれが天の御国でなかったとしても、私たちの日常生活の中で、私たちもパウロと同じ思いを持つのです。それは、「主よ、どうか復活させてください。ひっくり返してください。事態を打開してください。私を新しい方向に向けてください。そして、鳥のようにわなに仕掛けられたこの小さな私が、わなを破って、私を新しい道へと導いてください。」と、こう願うのです。

でもパウロはその願いを前に、10節を見てください。これがとっても必要なのだと言うことを実感します。10節「私は、キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり」、その上で、(11節)「どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。」というのはどういうことかと言えば、それはキリストの苦しみに与ることを知らなければ、自分はキリストの復活の味わいに与ることもない。これは深〜いキリスト教の真理で、やがてペテロも言いますね。(Tペテロ4:12〜19参照)

十字架なくして栄冠はない。これは私たちクリスチャンに与えられた一番大きい恵みです。私たちはすぐに栄冠を手にしたいと願う。そして苦しむことなくして事態を打開していくことを願う。しかし、パウロもペテロもそして多くのキリスト者が栄冠を得る前にあなたは必ず十字架を味わう。なぜなら、キリストは復活される前に、十字架にかかることをなさった。

そして私たち誰もが十字架の苦しみを嫌ってはならない。その苦しみの中で自分の信仰に忍耐という裏打ちをいただき、信仰を本物にされて、そして自分自身の人生とキリストの十字架と復活を重ねることによって、キリストの復活の力をより確かに実感しなさいと、パウロは苦しみの中でその希望に燃やされて行くのです。

私たちの日常はさまざまです。小さな問題もあれば大きな問題もあるでしょう。でも主は忍耐して待つ者を決して裏切るお方ではない。そして十字架の苦しみを知っている者に、必ず復活の喜びをも味わわせてくださる。そのことをしっかり心に留めておきたいと思います。

☆終わりのお祈り

恵み深い天の父なる神さま、あなたが恵み深いお方であり、あなたが真実なお方であり、たとえ権力のもとで翻弄され、一歩も動かなかったパウロでありますけれども、しかしそのパウロが牢獄の中で自分は一心に走っていると、決してその信仰は止まることなく、復活を目指して走っているのだと、表現をすることができました。どうか私たちにその希望を与えてください。

そして今の時の苦しみをあなたの十字架と重ね合わせて、その十字架の先に必ず復活の喜びがある事を心から実感することができますように、私たちの信仰を強くしてください。イエス・キリストの聖名によってお祈り致します。アーメン。


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