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::: 高津教会 説 教 :::


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Name   T・Y
Subject   8/5 神の人モーセ(25) 十戒(5)父と母を敬え 
8/5 神の人モーセ(25) 十戒(5)父と母を敬え 

☆お知らせ

●夏場、礼拝中でも遠慮せずに持っておられるお茶などお飲みください。

●(ホールの)掲示板のところに、渡辺兄姉が十和田にいらっしゃいましたので、十和田教会での古い教会堂での礼拝、それから十和田教会は地震で地盤が傾いてしまいましたので、取り壊されるようになったのですね。新しく教会堂を教団の融資で買いました。その新しい教会堂の写真が展示されておりますので、ぜひご覧いただきたいと思います。説教しておられる古川先生(***3月の年会で高津より異動)の写真もあります。

●今日は久しぶりにこの礼拝に大西兄をお迎えしました。大西カジャさんが、骨肉腫で約二十年間闘病され、ほんとに元気で活躍しておられる中、天に召されて昨日で6年、まぁ仏式でいえば7回忌に当たるという風に言っておられました。お嬢様は今夏休みで、カナダにおばあさまと帰っておられるのですが、今週カジャ姉のことを覚えて私たちも祈りに覚えます。今日は大西兄よく来てくださいました(歓迎の拍手)。(召されて)もう6年も経つのですね。ほんとに美しく元気で、ものすごくエネルギッシュだったカジャさんを思い出しますが、難病指定になってない難病だったのですが、それと闘うために、世界中から情報を集め、日本の厚生省と掛け合い、活動しておられたことを思い出すことでございます。

●礼拝の後の祈りの時は月一回ですが、一番教会の事細かなことまで祈られます。ぜひ祈りのコメントがありましたら、光楽兄あるいは大山兄までにお知らせいただきたいと思いますし、教会で今どういうことが祈られているのか、どういう祈りが必要なのかは、祈りの項目がいつも掲示板の左下に刷って置いてありますので、どうぞお持ち帰りください。

●横溝兄姉は、今週ドイツから帰国される予定ですが、山本さん、イギリスのMさんたちのところへいらっしゃるのは、今週ですか?(はい、土曜日からと山本姉)。是非よろしくお伝えください。大分慣れたかなぁと思いますし、今HちゃんとKちゃんは夏休みの最中ですから、久しぶりのおばあちゃんに会えることをどんなに楽しみにしているかなぁと思いますが、あちらでの旅路と生活が守られますようにお祈りしております。

☆始めのお祈り

われらの力であられる神に喜び歌え。ヤコブの神に喜び叫べ。
声高らかにほめ歌を歌え。タンバリンを打ち鳴らせ。六弦の琴に合わせて、良い音の立琴をかき鳴らせ。
主は、最良の小麦をイスラエルに食べさせる。
「わたしは岩の上にできる蜜で、あなたを満ち足らせよう。」
(この日の交読詩篇81篇より1〜2節、16節)

恵み深い天の父なる神さま、この暑い日曜日、また暑い週の明け、また暑い月を迎えるこの八月、私たちの健康を祝福してくださり、遠くから近くから礼拝に来ることができましたことを心から感謝いたします。礼拝に来ること自体、体力的な消耗ではありますが、ここで賛美することは、私たちにとっての慰めとか、また私たちにとっての安らぎとなることを心から信じています。

最良の小麦を私たちに与えてくださる神よ、岩の上でさえ蜜をお作りになり、私たちを満たしてくださる神よ。どうか、お約束の通りに私たちを潤し、私たちを満たしてください。「あなたの口を大きくあけよ。わたしが、それを満たそう。」(10節)とおっしゃるように、私たちはできるだけあなたの恵みを、この心に、この魂に、この身体に、吸収したく口を開けて待っています。みことばに飢え渇く思い、あなたの平安とあなたの力付けを強く求める思いを、いつも私たちの心に備えてください。

さまざまな用件で、あるいは遠くに住んでおられ、あるいはご高齢のゆえに、礼拝に出席することのできない私たちの愛する教会家族、兄弟姉妹を覚えます。どうか礼拝に来ることができなくても、私たちの兄弟姉妹を同じ恵みをもって包んでください。特にご高齢の方々と共には、また病の方々と共には、あなたがいつも心の中に語りかけてくださり、励ましを与えていてください。
今週はさまざまに移動が考えられますが、遠くに行くにも、近くに行くにも、あらゆる事故から、また過ちから、この暑さから私たちを守ってください。

しばらく聖書のみことばに耳を傾けます。どうか私たちの心を砕いて、あなたのみことばを聞くにふさわしい者としてください。イエス・キリストの御名によってお祈り致します。アーメン。

☆聖書個所       出エジプト記20:1〜12

1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。
 2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。
3あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。
4あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。
5それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、
6わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。
7あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。
8安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。
9六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。
10しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。――あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中に入る在留異国人も――
11それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。
12あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。

☆説教          十戒(5)父と母を敬え

「神の人モーセ」と題して今日は25回目、主に出エジプト記から学んでおりますが、今日は十戒の第5番目の戒めで、第5戒、20章の12節を見てください。

12あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢(よわい)が長くなるためである。

有名な「あなたの父と母を敬え」です。実際には数節さかのぼった5節6節に始まっています。

5それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、
6わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。

ここに父と子、三代、四代、そして千代という言葉が出て来ますように、もちろん意図していることは、神さまを神さまとして礼拝する者には、代々に亘ってその祝福が続くということを意味していますが、しかし一歩下がって考えますと、家族の影響の大きさというものがそこに書かれています。神さまは私たちの生活を家族単位で組まれました。

子どもらにとって、最大の影響を与えるのが親であるとしたら、それは遺伝学的にも、物理学的にも、社会学的にも、心理学的にも、霊的にも、親の祝福と罪、その両方を子どもの世代は否が応でも引き継ぐことになります。
私たちから生まれる祝福も引き継ぐでしょうし、私たちから生まれ出る罪をも子どもは、引き継いでいくでしょう。
これが人間社会の法則だとすれば、この戒めは、恐らく親と子のことを超えているのだろうと思います。

1970年代に、土居健郎(どい・たけお)さんが『「甘え」の構造』という本を出しました。これはとっても有名な本ですね。1970年代でありますけれども、しかし、現代の日本人の精神風土を最も的確に分析している本がこの『「甘え」の構造』だろうと思います。

皆さんも読まれたことがあるに違いありません。英語にも翻訳されていまして、海外の人が日本人を知ろうとするときに、恐らくこの本を最初に読むと思います。昔は『菊と刀』(***ルース・ベネディクト著1946年)という本がありましたけれども、もはや、それではなく、この『「甘え」の構造』だと思います。

単なる日本文化の解説ではなく、もっと深い日本人の精神風土を解説してくれていますが、あまり深く触れることはできません。
でも家の構造だとか、家制度だとか、日本の会社の体質だとかとてもよく描かれていますが、その本の中に、日本人は昭和期に2つの砂漠を体験した、そして今もその砂漠を歩いていると、土居さんは分析しています。

1)一つの砂漠は、敗戦によって始まった、「父なき時代」

社会のあらゆる権威が否定されるという時代。これは特に日本においては、60年代の安保で、あるいは学生運動で、そしてピークを迎えるわけです。国家権力の否定、教師の否定、宗教権威の否定、自分の上に立つ者にはすべて批判的という時代が、60年代70年代にピークを迎えますが、ある意味今も静かに進んでいるだろうと思われます。

ここで言われている「父」というのは、必ずしも自分の親ではありません。しかし、明らかに親に代表される、自分を産み出し、自分を育んで導いて来てくれた、権威的な存在を否定する、敬うことをしない。そういう社会はやがて崩れて行く。

「あなたの父と母を敬え、あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。」(出エジプト20:12)というのは、単純に長生きするよという意味ではないでしょう。それは社会が継続していくために必要で、「父を敬う」ということをどこか忘れてはいけないという意味でありましょう。

2)もう一つ土居さんが昭和の時期の砂漠としているのは、「母なき時代」です。

土居さんは、50年代の後半から始まった高度経済成長の時代にできた砂漠であると分析しておられます。
それによって、私たちは母なる大地を失い、母なる自然を犯し、母なる故郷、青く澄みきった青空を失っていきました。
そればかりでなく、母なる温かさ、優しさ、つまり心を失った。経済的なその豊かさを追求していく日本人は、どこかで母の優しさ、つまり心を失い、精神的な荒廃を招いたという風に指摘しています。

私は土居さんの考えを、このモーセの十戒と重ね合わせて考えれば、実は十戒の「父と母を敬え」というのは、両親を大事にしなさいということだけでなくして、人間社会の基本的な構造というものを問題にしているようにも感じます。
父と母を敬わない文化があるとしたら、それは人間関係を断ち切って、父と母を捨て、否定します。私たちはわが道を行く人として自立するかもしれませんけれども、また同時にみなし子のように不安定な寂しい人になっていくでしょう。

それでもこの戒めを親子関係に限定して考えることも、とても重要なことなので、今までもこの出エジプト記から説教したことは何回もありますが、今日は私は少し角度を変えて考えてみます。――それは「尊敬できない父親を尊敬する」。

私の子どもが二人、私を尊敬しているか?というと、それは極めてあやしい(笑)。その責任は別に子どもにあるわけではない。それは私が尊敬できる父親なのかと問われれば、極めて自分では自信がない。もっと元気で、夏休み子どもたちを楽しませてあげれば、あるいはこどもたちのために、もっと何かを作ってあげれれば、子どもにもっと自由を上げられれば、尊敬される父親になったのかもしれない。

私はよく息子の夏休みの自由研究を手伝いました。前にも話したことがあるのですが、直樹といまだにこのことだけは覚えているのですが、前の年に作った尺取り虫の木工(の作品)があるんですね。木と木が蝶つがいでつながっていて、モーターでかくっかくっと尺取り虫のように動くものを作ったのです。モーターが付いていまして、息子はそれを机の上に大切に取って置いたのです。

次の年にまた同じようにモーターが必要なものを作ることになった時に、私は「そうだ、直樹、モーターがあるじゃないか、去年作ったものを使い回そう」と言って、思わずそのおもちゃをパキッと壊して(笑)、そのモーターを使い回したのです。私は何の意識もなく、それをした。直樹はその時すごく悲しそうな顔をしましたけれども、後々までそのことを言います(大笑)。そういう風にして、親父は自分の思いつき(笑)でいろいろ子どもにダメージを与えて来た(笑)と言われれば、まぁそうだろうなぁと思います。「父と母を敬え」と言う前に、果たして自分は尊敬されるような父親なのだろうかと思えば、このモーセの十戒は子どもに強要することは絶対にできないです。

まぁその点旧約聖書の中では、(典型は)ダビデだろうと思います。モーセの父親像というのは、実は聖書に記されていません。まぁとっても忙しかっただろうなぁということだけしか想像ができないので、今朝はダビデから学んでみたいと思います。

Uサムエル記の13章、今日の説教は短めですので、少しお付き合いいただきたいと思います。Uサムエル13章の20節を私が読みますので、皆さんが21節、そして22節はご一緒にお読みしたいと思います。

20彼女の兄アブシャロムは彼女に言った。「おまえの兄アムノンが、おまえといっしょにいたのか。だが妹よ。今は黙っていなさい。あれはお前の兄なのだ。あのことで、心配しなくてもよい。」それでタマルは、兄アブシャロムの家で、ひとりわびしく暮らしていた。
21ダビデ王は、事の一部始終を聞いて激しく怒った。
22アブシャロムは、アムノンにこのことが良いとも悪いとも何も言わなかった。アブシャロムは、アムノンが妹タマルをはずかしめたことで、彼を憎んでいたからである。

ちょっと顔を上げて(こちらを)見ていただきたいと思います。(ご自分の両腕を使って、空間にダビデの家系図を説明する藤本牧師)。アムノンという人物はこちらの奥さんの息子でダビデの長男です。もうひとりの奥さんにタマルという娘がいた。そしてそのタマルの兄さんがアブシャロムです。ですから異母兄弟の関係で、ここにアムノンがいて、タマルがいて、兄さんアブシャロムがいる。アムノンは異母兄弟のタマルを愛した。恋した。そして最終的には強姦をします。

強姦をした後に、アムノンはタマルを嫌います。そこで何があったのかは聖書には書いていない。タマルは「あなたは私にこのようなことをしたのだから、私を妻に迎えなければいけない」(***出エジプト22:16、申命記22:28〜29と規定を、持って来たいところ?)。ところが、アムノンはタマルを追い出し、尚かつ、はずかしめた状況を阻止します。

読んでいただいた20節では、タマルの兄さんアブシャロムが、どういう事の対応をしたのか。アブシャロムは事の次第を知りました。20節の「おまえの兄アムノンが、おまえといっしょにいたのか」というのは、異母兄弟の兄なのです。それはアブシャロムにとっても兄です。
「だが妹よ、今は黙っていなさい。あれはお前の兄なのだ。あのことで心配しなくてもよい。」それでタマルは、兄アブシャロムの家でひとりわびしく暮らしていた(20節)。ダビデ王は、事の一部始終を聞いて激しく怒り(21節)はしますが、何一つ対応しませんでした。

それは当然だろうと思います。ダビデは、夫ある女性に恋をし、その夫が戦争に出ている間にバテ・シェバというその女性を王宮に迎え入れ、そしてバテ・シェバを妊娠させます(***Uサムエル11章)。妊娠が分かったときに、ダビデは事を隠そうとして、夫ウリヤを戦場からひとりだけ連れ戻します。そしてなんとか妻と寝させようとするのですけれども、忠実なウリヤはみんなが戦争で戦っているのに、私だけ家に帰るわけにはいかないと、家に戻ることをしませんでした。

ダビデは代わりに、「じゃお前の将軍のところに手紙を持って行け」と、ウリヤは自分の持っている手紙の意味さえ知らずに将軍に届けるのです。将軍は、手紙を読んでビックリしました。ウリヤを戦場の最前線に出せと、そして、敵が襲って来たら、ウリヤだけ残して全員引いてウリヤを殺せと(書いてあったから)。ダビデは、姦淫の罪を犯し、そして殺人の罪を犯した人物でありました。神さまの憐れみによって、生き延びることが赦された人物でありますけれども、ダビデはアムノンを叱ることができなかったというのは、そういう事情が後ろめたさが、ダビデの心にあったからでしょう。

タマルは兄アブシャロムのところでひとり寂しく暮らします。ダビデ王は事の一部始終を聞いて激しく怒りはしますけれども、何もできない。そしてアブシャロムは、時を伺います。自分の大切な妹が強姦された事件から丸二年経ったある日、彼は狙いを定めて、妹タマルのために復讐を企て、そしてついに異母兄弟の兄、アムノンを殺します。お母さんは違いますけれども、弟が兄を殺します。

ものすごく複雑な家族構造の中で、父ダビデは悲しみます。Uサムエル13:37から見てください。

37アブシャロムは、ゲシュルの王アミフデの子タルマイのところに逃げた。ダビデは、いつまでもアムノンの死を嘆き悲しんでいた。
38アブシャロムは、ゲシュルに逃げて行き、三年の間そこにいた。
39ダビデ王はアブシャロムに会いに出ることはやめた。アムノンが死んだので、アムノンのために悔やんでいたからである。

ダビデはいつまでも、アブシャロムに殺されたアムノンの死を嘆きます。殺されて当然のことをアムノンはしたのです。以前はアムノンのしたことで、ダビデは激しく憤った。でも復讐によってアムノンが殺されると、今度はアムノンのことで嘆き悲しみ、そして、アムノンを殺したアブシャロムには会いに出ることは止めたということは、自分の長男アムノンを殺した自分の息子アブシャロムとは口をきかなくなった。

しばらくしますと、形だけは仲直りします。しかし、父と息子の亀裂はそう簡単には修復されませんでした。そうして、アブシャロムは父ダビデの王座を狙い、父を殺そうとします。ダビデはやがて謀反を起こした息子アブシャロムに追われて、エルサレムから泣きながら都落ちをします。本当のところは、父ダビデは息子アブシャロムが謀反を起こした時に、戦いを交えたくなかった。だから、自ら身を引いて、エルサレムから退くわけです。息子に王座を奪われた哀れな父親。

その王座を奪ったアブシャロムを、しばらくしてダビデの軍隊の将軍ヨアブが殺します。ヨアブにしてみたら、いのちをかけて自分の主君ダビデを守ったのです。なんとかこのダビデが再びエルサレムに王として帰ることができるように、彼は一生懸命頑張ったのです。
ところが、アブシャロムが死にますと、ダビデはものすごく泣き悲しみます。Uサムエルの18章の33節をちょっとご一緒に読んでみましょう。

33すると王は身震いして、門の屋上に上り、そこで泣いた。彼は泣きながら、こう言い続けた。「わが子アブシャロム。わが子よ。わが子アブシャロム。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブシャロム。わが子よ。わが子よ。」

尋常ではない発言です。「わが子」ということばが5回出て来ます。そして、「こんなことになるのなら、私がおまえに代わって死ねばよかった」と泣いているダビデは、切なくも実に不器用な愛情をもった父親です。
ダビデは本当に不完全な父親でした。自分の罪深さのゆえに家庭が崩壊します。異母兄弟同士が強姦騒ぎを起こし、でもそれに上手に対応することができずに、彼は怒るだけです。やがてアブシャロムが兄アムノンを殺した時に、同じように嘆き悲しみ、アムノンを殺したアブシャロムとは口をきかずに、アブシャロムを遠ざけます。

自然と息子は父を恨むようになります。その関係をなかなか修復できない父親の現実があります。そのアブシャロムが死んだ時に、それでも死んだアブシャロムに、「わが子よ。わが子よ……」と5回も泣き叫び、大声を上げて泣き叫び、「私がおまえの代わりに死んだ方が良かった」と(まで言うダビデ)。

ダビデはものすごく複雑な人生を歩むのですが、一貫して言えることは、子どもたちをみんな愛していたのです。上手に父親として機能してはいない。
でも妹が兄に強姦されたことに対して、激しく憤る。それは娘を愛しているからですね。
長男アムノンが死ねば、彼はアムノンを殺したアブシャロムを遠ざけ、もう口をきかなくなる。そして娘を強姦したアムノンだというのに、どこまでも彼のために嘆き悲しむ。やっぱりアムノンを愛しているのです。
アムノンを殺したアブシャロムが死ねば、自分が代わって死ねばよかったのに、と言う。そんなんだったら、もっと早目に関係を修復しとけと(言いたいですね)。でも、それができないダビデです。

人間の親たち、つまり私たちは、時に子どもを叱る勇気もなく、また叱る資格もない。でもダビデは勇者でした。ダビデを憎んでいる兵士はいないのです。恐らくダビデの軍隊、特に親衛隊の四百人というのは全員、ダビデのためなら喜んでいのちを捨てるという人物でしょう。ダビデは部下の尊敬を一心に集め、そしていのちを惜しまない兵士が沢山いるのです。
でも家の中では、欠陥だらけの人間で、父親の素行を知っていた子どもたちが一番ダビデを尊敬していないです。まぁダビデは極端な例なのかもしれない。でも私はそれが一番人間らしい世界なのかなぁという風に思います。

アブシャロムにしてみたら、ダビデは倒してでも踏み越えて行く相手である。アブシャロムは尊敬できる父親としてダビデを見たことは一度もないです。それでもダビデはアブシャロムを愛していた。そして悲しいかな、その愛がほんとに溢れ出た時はすでにアブシャロムは死んでいたのですね。

ダビデに父親として何が足りなかったのか、いやアブシャロムに息子として何が欠如していたのか。所詮、十戒の「あなたの父と母を敬え」という、つまり教えを実行できなかったのか、いやいや、話はそう単純ではない。人間世界の親子というのはそんなに単純にはできていないですよ。

ダビデにしたら、イスラエルの国の前では尊敬すべき人物でありました。アブシャロムも謀反を起こした時に、その謀反に与(くみ)する大勢の人物がいたんですよ。ということは、アブシャロムも国民から部下から、尊敬されていたのです。でもそれなりに尊敬を集めていた男性が、親子の関係にあるとどうしてこうも歪んでしまうのかなと(思います)。

父親と息子というのは、余計歪むのでしょう。もしかしたら母親と娘というのも、時にはそういう関係になるのかもしれない。何が足りないのか、厳しさが足りなかったのか。いや親子は往々にして、互いの欠け合う弱さや罪深さを認めて、互いをいたわる理解と優しさに欠けているのです。
父親は本当に厳しいです。父親は部下に優しくても息子には厳しい。何に欠けているのか。親子は往々にして、互いの欠け合う弱さや罪深さを認めて、互いをいたわる理解と優しさに欠けているのです。
息子は自分の上司をあんなに尊敬しているのに、どうして父親にはそれほど尊敬しないのか。息子は上司とは酒を酌み交わすのに、どうして父親とは飲まないのか。互いに欠け多き人間であるとの理解に欠けており、互いを受け止めることが難しい。そうでしょうね?

十戒の5番目の「あなたの父と母を敬え」というのは、そんなに簡単なことではない。先ほど申し上げましたように、土居健郎さんのように、父母と言ったときに、これは単純に親子関係のことではなくして、社会の構造全部を含むのだと言えます。
でも親子関係だけ言っても、クリスチャンの家族で、父母を敬えと書いてあるじゃないかって言えば言うほど嫌われますよ(笑)、言えば言うほど尊敬されない。聖書のことばを出して、あなたはこうふるまいなさいと言えば、子どもはとても嫌がる。

それで今日は説教をとめておきたいと思います。ちょっと説教にはふさわしくない話をして終わりにしたいと思います。

農家の年老いた親父さんが、今年も夏にトマトを植えようと思っていた。でももう年老いてどうにもならない。いつもでしたら、土地を耕すという一番骨の折れる仕事を息子がやってくれるのです。ところが息子は殺人罪に問われて、刑務所に入ってしまいました。年老いた父親は、刑務所にる息子に手紙を書くのです。――いいですか、これは実話ではない。実話ではない、と思う(笑)。ですから実話だと思って捉えないでください(と注意を前もって与える藤本牧師)。

手紙は届きました。――息子よ。今年はトマトを植えることができない。おまえがいないのは寂しいよ。おまえさえいてくれたら、ああ、おまえが土地を耕し、わしがトマトの苗を植え、共に収穫した日々がなつかしい。

数日後に、刑務所にいる息子から手紙が届きます。――父さん、あの畑を掘るのだけは、止めてくれ。あの畑に死体を埋めた。(えーっと驚いた後、笑)

その手紙が着いた日の夕方、警察がやって来て、その畑の大規模な捜索をします。刑務所からの手紙は全部検閲されています。隅から隅まで畑を掘り起こすのですが、死体は出て来ない。警察はその老人に謝って、去って行きます。

しばらくしてから、刑務所の息子からもう一通手紙が届きます。――父さん、これでトマトの苗を植えられるだろう(大笑)。こんな状況で父さんの手伝いをすることができるとしたら、これくらいの方法しかなかった。(大笑)

説教にはふさわしくないと思います。しかしね、これくらい互いを思いやる気持ちがあれば、恐らく自然に父と母を敬う思いに至るのではないかと思います。
子どもも欠けだらけです。それは親が欠けだらけだからです。親の信仰も決して立派なものではありません。だから何とか子どもに信仰を教えることによって、自分自身も成長したいと願うものなのだろうと思います。
自分の精一杯の愛情でさえ、歪んでいることを私たちはよく知っています。

私はそんな風に、最近この十戒の教えを受け取るようになりました。
つまり、「尊敬できない父でさえ、尊敬するような」慈しみを持ち、互いの欠けを受け入れて、互いに尊敬できるような親子関係を築いたらどうだろうか。
そもそも人間は皆欠けだらけで、イスラエルの民が約束の地に入った時に一番大切なことは、自分の上にある者、それが父親だったとしても、自分の上に権威を持つ者に対しては、慈しみと憐れみをもって尊敬の念を抱きなさい。
上にある者は、自分の思いで下にいる者を振り回すのでなく、同じように欠けだらけの者として、成長を促すことができるように、優しく包みなさい。

子どものために泣いているダビデは、父親らしいことは何一つしていないのです。でも言えることは、彼は子どもを限りなく愛していた。そしてその愛が上手に伝わることなく、彼の人生は終わっていきます。でもどれほど子どもたちを愛していたかというのは、限りないだろうと思います。

☆お祈り

恵み深い天の父なる神さま、決して子どもに尊敬されるような親ではないかもしれません。そして、子どもの内側に自分のDNAが伝わっているのを見て、時に悲しくなることもあるでしょう。でもそれが私たち人間です。
ですからあなたは、「互いを慈しみ、互いを受け入れ合いなさい。互いを尊敬しなさい。互いをひとりの人物として尊重しなさい」と教えてくださいました。
どうかそういう私たちの家族であるように、またそういう日本の社会であるように、私たちを憐れんでください。イエス・キリストの御名によってお祈り致します。アーメン。

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