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::: 高津教会 説 教 :::


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Name   fujimoto
Subject   信仰者ハバククの祈り
信仰者ハバククの祈り

 ハバクク書の中で、三章だけにタイトルがついています。
 「預言者ハバククの祈り。シグヨノテに合わせて」
 つまり三章は、詩篇のように調べに合わせて祈る祈りです。しかし、祈りであるのは三章だけでなく、この書物全体が祈りです。
 一章は、こう始まります。
 「主よ。私が助けを求めて叫んでいますのに、あなたはいつまで、聞いてくださらないのですか。……なぜ、あなたは私に、わざわいを見させ、労苦をながめておられるのですか。……」(二〜三節)。
  「いつまで」ですか、「なぜ」ですか、とハバククには神に尋ねてみたい、神に対して問うてみたいことがたくさんあるのです。まさにそれが人間の姿と言えましょう。そして、その問いは祈りとして口に出てきます。
 一章が、ハバククの神に対する問いかけだとしたら、二章は神の応答です。
 「主は私に答えて言われた。幻を書きしるせ。これを読む者が急使として走るために、板の上にはっきり書きしるせ」(二節)。
 そして、三章がハバククの祈りで締めくくられているのですから、この書物の構造自体が祈りだと言えるでしょう。つまり、一章は、ハバククの神に対する問い。二章は、神の応答。そして三章が、ハバククの祈りです。

●ハバククの問い

 ハバククの問いは、どこから生まれてきたのでしょう。それは、その目で見る限り色濃く存在している、この世の矛盾です。
 歴史的にはこんな出来事がありました。南の王国ユダに、ヨシヤという王がいました。彼は、父祖の代から引きずってきた偶像崇拝の血筋を一気に断ち切って、信仰に目覚めた人物です。自らの信仰によって、ユダの国で宗教改革を繰り広げる偉大な王です。この時期、北のイスラエル王国は、すでにアッシリア帝国によって滅ぼされ、存在していません。地理的には、ユダの国は、アッシリヤとエジプトという二つの大国に挟まれた状況にありました。そのようななか、エジプトがアッシリヤに戦争を仕掛けるのですが、遠征軍は、ユダの西を通らなければなりません。エジプトは、ユダと戦いを交えるつもりはありませんでした。ところがどういうわけか、ヨシヤ王はしゃしゃり出てエジプトを迎え撃とうとし、メギドで殺されてしまいます。
 あれほど信仰的な王が、かくもはかない最後を遂げたことは、ユダの国民のみならず、ハバククの心を大きく揺らします。どうなっているんだろう。北のイスラエルは、アッシリヤに滅ぼされ、南のユダの王は、メギドでエジプトに殺されるのです。ハバククの頭の中は、混乱していました。
 神は、答えられます。
 「異邦の民を見、目を留めよ。驚き、驚け。わたしは一つの事をあなたがたの時代にする。それが告げられても、あなたがたは信じまい。
 見よ。わたしはカルデヤ人を起こす。強暴で激しい国民だ。これは、自分のものでない住まいを占領しようと、地を広く行き巡る」(一・五〜六)。
 ここに記されている「カルデヤ人」とは、バビロンのことです。バビロニア帝国は、アッシリヤをたたいて、エジプトをたたいて、最後には、エルサレムを滅ぼします。ここに、「わたしはカルデヤ人を起こす」と宣言されているように、神は、このバビロンを使うというのです。
 神はハバククにおっしゃいました。
 「こう言っても、あなたは信じないだろうが……」
 その通り、ハバククには信じられませんでした。いったい、どうなっているのですか、と疑いを深め、思わず反論します。
 「あなたの目はあまりきよくて、悪を見ず、労苦に目を留めることができないのでしょう。なぜ、裏切り者をながめておられるのですか。悪者が自分より正しい者をのみこむとき、なぜ黙っておられるのですか」(一三節)。
 より邪悪な民が、自分より正しい者を飲み込む――それがあなたのやり方ですか、という質問です。
 そして、二章一節でハバククは再び神に問いかけます。
 「私は、見張り所に立ち、とりでにしかと立って見張り、主が私に何を語り、私の訴えに何と答えるかを見よう」。
 どうしても教えてください。どうしても明らかにしてください。私の問いに答えてください。祈りとは、神に問い続けることだとも理解できます。私たちも、同じように世界の様々な矛盾、人生に降りかかる種々の試練にのなかで、混乱して尋ねます。こんなことって、あるのだろうか。なぜ……どうして……これを神に問い続けるのです。
 『トミーの三歳になった日』という絵本があります。チェコスロバキアのテレジン収容所に強制収容させられたユダヤ人の画家が、幼い息子トミーのために書いた絵をもとにして書かれた絵本です。大量虐殺の惨劇が起こったアウシュビッツへの中継点として、テレジン収容所は存在したのです。トミーはそこで1歳から3歳までを過ごします。外界と壁で隔離された生活は、飲み水にも事欠くような欠乏と、恐怖を強いられた世界でした。しかしお父さんは、少しでも子供の心を潤したいとの思いから、監視の目を盗んで、収容所では見ることも触ることもできないもの描き続けます。三歳の誕生日を迎えて、トミーが町をお父さんと散歩して、お花屋さんの花を買った絵。ケーキや、果物、スープ、鏡、船や、明るい太陽です。
  お父さんは、どういう思いで絵を描き続けたのでしょう。お父さんは、収容所生活の中で、一つのことを夢見て耐え抜いていた。トミーが三才になったとき……。息子の誕生日を祝い、いっしょに町を歩き散歩して、花を買って、と。どんなに過酷な世界でも、本来ある、あたたかい愛ある楽しい世界を見失わなかったのです。そして、それを描き続けることが彼の心を正気に保ったのです。
 訴え続けるハバククもそうです。矛盾にもまれて、叫びを挙げているだけではないのです。彼は、自分の信仰の正気さを保つために、神への祈り、神への訴えをやめません。トミーのお父さんは、なんと一五〇枚の絵を描き続けます。それと同じように、ハバククは、見張り所に立ち続けて、祈り続けます。信仰を失わないために、祈り続けるのです。

●神の応答

 生ける神の応答は、明確でした。「私はしかと立って見張り、主が……なんと答えるかを見よう」と言ったハバククに、神の方でも「しかと答えるから、板の上にはっきり書き記せ」とおっしゃいます。
 答えは、二つの部分に分かれています。
 第一に、三節「もし遅くなっても、それを待て。それは 必ず来る。遅れることはない」。終わりの時、解決の時は、遅くなることがあるというのです。実に奇妙な表現です。「遅くなっても、遅れることはない」。なぜこのような言い方になるのでしょうか。
 神の時が私たちの時と違うからでしょう。私たちの計画の中では、遅い、動かない、いつまでも同じと延々と気をもんでいるのです。しかし、それが神の時の中では、遅れてはいないということなのでしょう。それは必ず、神のタイミングで時が満ちたときにやって来ます。だからあなたは待て。待ち望め、と主はおっしゃるのです。
 次に四節です。
 「見よ。心のまっすぐでない者は心高ぶる。
 しかし、正しい人はその信仰によって生きる」。
 心がまっすぐに神に向いていなければ、心は焦るでしょう、不安になるでしょう、いらいらするでしょう、嫌になるでしょう、あきらめるでしょう、我慢ならないでしょう。それが、一章のハバククでした。出来事に振り回され、歴史がわからなくなり、社会の不安と共に、民のいらだちとと共に、「これから世界はどうなっていくのだろう……」と、来る日も来る日も、何となく不安なのです。しかし、神は、そのハバククに生き方の基本をたたき込まれました。 
  「あなたは、信仰によって生きてゆきなさい。わたしを信頼して、わたしについてきなさい」。

●信仰者の祈り

 それを受けとめて、三章一節でハバククは祈りました。
 「私はあなたのうわさを聞き、主よ、あなたのみわざを恐れました。この年のうちに、それをくり返してください。この年のうちに、それを示してください……」
 ここに記されているのが、信仰によって生きる者の祈りです。「うわさを聞き、御業を恐れた」とは、まだ神の御業が実際の現実となっていない、ということでしょう。しかし、力強い神の働きは始まっている。その音が聞こえるのです。神の御業がなされるという感触が彼の心に宿りました。彼の信仰が芽を吹いてきたのです。それが強い願望となって、この年のうちに、と祈ります。
 実際、歴史の上では「この年のうちに」は目立った動きはありませんでした。しかし、信仰の感触が芽生えてきた。ハバククは、自分が生きているうちに、バビロニア帝国が滅びることを見るわけではありません。しかし、ハバククは、このときを境に、「義人は信仰によって生きる」という世界に入りました。別に、世界が動くのをこの目で確かめる必要はないのです。それは、ハバククは信仰によって、彼は神の見えざる手を見たからです。
 私たちは、ハバクク書の段階を、一生の間に何回か通過します。一つの問題が終わると、また一章に戻ります。それがこの世の、そして人の生涯の複雑さです。しかし、どうにかして三章一節にある芽吹いた信仰を持ち続けたいのです。神の全能の力を、その力強い御手をいつも視界のどこかに入れておきたいのです。

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