題      名: 十字架のスペクトル――贖罪論概観
氏      名: fujimoto
作成日時: 2004.04.05 - 20:15
十字架のスペルトル――贖罪論概観
                          藤本 満
 
この論文は、1991年『福音主義神学』(22号)に掲載されたものです。ちょっと長いですが、十字架を神学的に理解するには助けになると思います。
 
 
 
【序】
 新約聖書の中には、いわゆる贖罪の教理というものは体系づけられていない。勿論そこには、理論の素材となるようなモチーフや、理論の骨組みになるようなアウトラインは、豊富に見い出される。だがそれらは、決して完結した教理として打ち出されたものではなかった。例えば、コロサイ人への手紙は、同じ十字架という出来事を、「十字架の血による和解」(一・二〇)という祭儀的・法律的なイメージだけでなく、「債務証書を取りのけ」(二・一四)という経済的なイメージや、そして「すべての支配と権威の武装を解除して、凱旋の行列に加える(二・一五)という軍事的なイメージを通して語っている。1)
 十字架の理解がイメージに依存し、しかもそのイメージが多彩であるという事実は、決して贖罪の業があいまいな神秘をまとっている、ということを意味しない。むしろブラーテンが言うように、一つの十字架が多彩な象徴において表現されてきたのは、救済そのものの多次元性・多局面性に起因している。
 
キリストにおける神の至上のはたらきがたしかに多次元的であったように、それと同じく救済の神学は多次元的であらざるをえない。というのはそれはイエスについての福音書物語の中にある救済の全領域を含んでいるからである。・・・・救済論が多次元であらざるをえないのは、次の理由にもよる。すなわち救済論がこの世にある人間存在の多くの次元に対応し、個人的また共同体的、またあらゆる種類の要求と状況に対応するという理由である。贖いについてのどの一つの理論をとってみても、イエス・キリストという仲介者による神とこの世の間の関係の全物語を覆い尽くすことの出来るものではない。2)   
 
 十字架の理解は、その初めにあたって、多彩なイメージを駆使し、ヴァリエーション豊かな表現をとってきた。しかもそれら全体が組合わさって、贖罪と救済に関わる一つの生ける真理を私たちに提供していたのである。その後の教会歴史の中で、時代や歴史的な背景に応じて、一つのイメージが特に好まれたり、あるいは一つの類型が独自に深められ、それに応じて救いや贖罪の理解が深められた。だが時には、一つの独自性が他の類型を弾劾することになり、その結果、他のモチーフを排除した贖罪論が一人歩きを始め、バランスを失い、今度は他の類型から補正されることになる。振り返ってみれば、「贖罪論の歴史は、交互にあらわれてくる三つの類型の歴史である(アンセルムスに代表されるようなラテン型・アベラルドゥスに代表されるような主観型・勝利者キリストの古典型)」というアウレンの一言に多くの人は同意するであろう。3)
 様々な類型が入れ替わり立ち代わり登場するのであるが、教会歴史全体の中で、新約聖書のような、贖罪論全体を保持し、様々なイメージやモチーフを一つの全体として消化しようとするような努力が欠けていたことは、否めない事実であろう−−アウレンの場合でさえそうである。
 この小論文は、贖罪論の歴史の中で論争の種となってきた諸問題を概覧し、様々な類型やモチーフを向こうとこちらに分けたところの係争点を理解する試みである。しかし、以下の論議は、【怒りか愛か】、【なだめかあがないか】、【身代りか代表か】という小題で進めれらていくが、そのどちらかを選択することは、筆者の意図ではない。むしろ、こうした頻出する問いを通して、贖罪論の中で論じられるべき、扱われるべき課題や教理的要素に目を留め、どちらかの極端を是正し、真理の主張の陰に隠れていたもう一つの真理に気がつき、一つのイメージでカバーできない点を補い、あるいは一つのイメージ特有の極端な傾向を是正し、こうして贖罪論の広さ深さを探ろうというものである。
 
一、怒りか愛か
 
 まずはじめに、アンセルムス(1033-1109)の贖罪論を略述することによって、これからの論議の足がかりとしたい。彼の『クール・デウス・ホモ』(なぜ神は人となられたか)こそ、十字架・贖罪を集中的に論理的に扱ったところの初めての神学文書である。4) 彼の贖罪論は、その後、中世後期の神学、宗教改革、プロテスタント正統主義に強く感化を及ぼし、やがてリッチュルらの自由主義神学から攻撃を受けるが、新正統主義の台頭にあっては、バルトがアンセルムスの和解の概念を中心とした救済論に引きつけられ、ブルンナーが贖罪論の土台に据えられた彼の法の思想を絶賛するようになる。アンセルムスは、いわば西方教会の贖罪論の大御所的存在と言えよう。
 アンセルムスは、神は決して「理」に反する御方ではないという前提から、神が人となられた「必然性(なぜ)」を理論的に追求する。彼によれば、罪とは神の栄誉を奪い取ること(exhonoratio)である。罪とは、単に的をはずしたとか、神の命令に背いたということではなく、神ご自身に対する背きである。被造物である人間が、決して冒すことのできない神の栄誉を冒涜したとき、その罪の重荷(pondus peccati)は莫大なものとなって、創造者と被造物との関係にのしかかっている。ここで、アンセルムスの関心は、必ずしも、背いた人間の罪をどのようにあがなって、和解させるかということではなく、創造者としての神の義と尊厳にある。決して冒してはならない創造者の栄誉を傷つけた人間に対して、義なる神が尊厳をもって臨まれるとき、道は二つに一つである−−栄誉を回復するか、それとも刑罰によって人類を滅ぼすか。神は、後者を望まれず、栄誉を回復される道を選択された。その回復の道が罪の償い(satisfactio/義の満足)である。償いという概念の背後に、ゲルマン封建社会の法制度があったであろうとは、よく指摘されることであるが、それ以上に、ラテン教会における悔悛制度(penitential system)との関わりには言及しておかねばならない。この制度は、心の悔い改め、口の告白、そして償いの業(satisfactio operis)から成り立ち、洗礼後の罪の赦しを受けるためのものであった。テルトゥリアヌスは、次のように償いの概念を説明する。「悔悛をしないままで罪の赦しを期待することは愚かしいことである。代価を払わないにもかかわらず、利益に手をのばすとは何たることであろうか。主は、赦しはこの代価に対して与えられるべきであると定めたもうた。かれは、刑罰の赦免は、悔悛がする支払いで買うべきものであると主張する。」5) 償いは「功績」に従ってなされる。信仰者の行いが義務の規定を越えてなされた場合(独身や殉教など)、それは功績として認められ、罪を償う価値を持つわけである。やがて、キプリアヌスに至ると、功績に余剰分が出るとき、それを一人の人物から他の人物へ譲渡されうると解釈された。ハルナックやアウレンは、アンセルムスがこうした「償い」・「功績」の概念を取り入れて贖罪論を構築したと説明している。6)
 さて、償いに基づいたアンセルムスの贖罪論の概要は、以下のようになる。(一)罪過の償いは、人間によってなされねばならない。なぜなら、人間こそが神の栄誉を傷つけたからである。ところが罪人である人間は、償いを果たすことができない。(二)それ故、神の義が要求するところの償いを提供できるのは神だけである。(三)となれば、残された可能性は唯一、神が人となる、そしてキリストが人間に代わって、神の義が要求する償いを果たすことである。これが十字架の刑罰代償説である。(四)神の子キリストの死は、無限の功績となり、そしてご自身では必要としていない功績は、主の名のもとに神のところへ来る人々に与えられる。
 贖罪論におけるアンセルムスの貢献は、第一に、彼が罪を神の栄光に対する冒涜であると理解したことにある。この罪によって、人間の内側だけではない、被造物と神との関係、果ては想像の秩序が根底からひっくり返されてしまった。「神は罪を単純に赦すことができないのか」という質問に対して、彼の答えは決定的に「否」であった。こうして、和解という概念が、贖罪論の中心に据えられることになった。次に、彼の贖罪論が神中心に進められていることに注目すべきである。アウレンが言うように、「勝利者キリスト」という贖罪思想は、それが「古典的」とみなされるほど、初代教会以来、贖罪論の核をなしてきたであろう。だが、救いの出来事は、悪魔の力から人間を解放することにあったという提言は、アンセルムスには完全に納得のいくものではなかった。彼にしてみれば、悪魔は人間に対して絶対的権力を誇っているわけではない。神の許しがなければ、人間をサタンの支配下にとどめることはできない。アンセルムスは、徹底した神中心の思考をしており、いわば神と争うような悪の力との構図の中で贖罪論を描くことはできなかったわけである。
 アンセルムスの贖罪論は、人が救いに関して全く無力であり、十字架というキリストの業とそれに対する神の法的決断のみに希望があるということを強調している。この点こそ、この教理がプロテスタント正統主義にすみやかに浸透した第一の理由である。だが反面、この教理の路線が、神の罪に対する怒り、そして義の満足を求めてやまず、処罰が終了したら、一つのケースを処理したかのように義を宣言するという裁判官のイメージをつくり出すとしたら、それは明らかに独り子を与えるほど世を愛された神の姿と矛盾している。時にアンセルムス的な贖罪論が上述のように誇張されると、キリストは愛、神は義(裁き)というような二者の対照を描くことになり、結果として「イエス・キリストは好きだけれど、神は大嫌いだ」という誤解された反応を導き出すこともある。
 同じ時期、アベラルドゥス(1079-1142)が提唱した、いわゆる道徳的感化説・主観説と呼ばれている十字架理解は、上述のような法廷イメージに対するアンチテーゼとしての役割を果たしてきた。7) アベラルドゥスによれば、十字架上のキリストの自己犠牲を通して、父なる神は、その愛を決定的に世に示したのである。そして、すべてのことを私たちに与えてくださった御方を見せられた今、私たちは罪を悔い改めて、愛をもって神に帰る。このように愛の応答を引き起こすのが、十字架であるという。彼の贖罪論は、教理的に不備な点(特に罪の問題)を多々抱えているが、神の愛という、すべての贖罪論の土台となるべき真理−−アンセルムが取り残しがちであった真理−−を取り上げたという意味で、贖罪論の歴史の中に占める地位は、決して小さくはない。
 十字架がキリストの愛の業であったことは、福音書を一瞥しただけでもよくわかる。十字架は、決して事の必然性からイエスの上に降り掛かった災難ではなかった。十字架は、「だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです」(ヨハネ一〇・一八)とあるように、キリストの側の自発的な行動であり、「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません・・・・あなたがたはわたしの友です」(ヨハネ一五・一三ー一四)とあるように、愛に根拠をおいた自己犠牲であった。公の生涯のはじめから、取税人や罪人たちと一緒に食卓につき、罪人を憐れみ、迷いでた羊を憐れんで探し出し、めん鳥が雛を囲むように両手を広げて罪人を招いた。それがどんなに当時の宗教家の神経を逆なでしたとしても、主は罪人に対する愛を抑えることはできなかった。滅び行くエルサレムのために涙を流し、十字架の上から「父よ。彼らをお赦しください」と祈っている。公の生涯のどこで十字架の死を意識し始めたのか、明確な判断は下させないが、主が明らかにご自身の運命をイザヤ書五三章のしもべと重ねておられる(マルコ一〇・四五)ことを見ても、主が罪人のために死なれたこと、罪人に対する愛が主を十字架へと導いたことは、無理のない素直な解釈である。
 罪なく、あれほど人々を愛した御方が、裏切られ、ののしられ、はりつけになったということは、十字架をますます惨たらしい、神に見捨てられたような悲劇として人々の目に焼き付けた。8) 「この方こそイスラエルを贖なってくださるはずだ」(ルカ二四・二一)という弟子たちの望みが木っ端みじんに砕かれ、暗い顔つきになって、部屋に閉じ込もるほど、十字架は絶望的に彼らの目に映ったのである。しかし、復活された主が、彼らの心を開き、聖書を開いて説き証しを始められると、あの惨たらしい十字架の中に、弟子たちはまるで違った性質のもの、すなわち神の愛を、見るようになった。十字架の中に「神の定めた計画と神の予知」(使徒二・二三)という摂理的な働きを悟るばかりか、それが神の愛に基づいた贖いの業であったことを確信するのである。ヨハネは、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された」(三・一六)、「神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物(ιλασμον)としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです」(Iヨハネ四・一〇)と記している。パウロも、キリストが罪人のために死なれたことにより、明らかにされたのは、神の愛であると述べている(ローマ五・八)。9) 初代のクリスチャンが十字架の中に見い出したのは、キリストの愛ばかりか、神の愛であった。
 だが、ここで「愛」という言葉を使うときに、私たちは注意しなければならない。というのは、十八世紀後半以来の自由主義神学が、贖罪という概念にほとんど触れずに、神の愛を強調してきたからである。悔い改めて戻ってきた放蕩息子を、手放しで喜ぶ父親のたとえをとって、自由主義神学は神の愛を説いてきた。和解に際して、あたかも神の側にはなんの障壁もなかったかのごとくに、そして、あたかも罪を赦すことが愛なる神のごく自然な行為であるかのごとくに説かれてきた。しばしば引用されるハイネの死際の言葉にあるように、「神は私を赦してくださるだろう。それが神の仕事なのだから」という具合いである。おそらくそれは、私たちの罪の身代りとして御子を刑罰に処して後、ようやく《せいせいして》私たちを赦すことができる、というような誤った贖罪論に対する反動として打ち出されたことと思う。しかし、罪が子供の日常茶飯事のいたずらのようなもので、愛故に神はそれに目をつぶることができると考えたら、罪の赦しなど別段驚くに値しないことになる。十字架の恵みなど、安っぽい免罪符にすぎないことになる。愛とは、それほど単純に、薄っぺらに赦しを生み出すものだろうか。
 神の愛の「広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるのか」を知るためにも、次のように考えてみよう。夫婦というのは、愛と信頼の絆で結ばれているものだ。ところがある時、妻が夫に不貞をはたらいたとする。しかも、それが、夫の仕事が行き詰まり、夫が妻の愛情と支えを最も必要としていた時期だとしよう。妻の不貞が発覚されたとき、夫は妻を愛するが故に、気軽に、小さな過ちのように、それを赦すであろうか。もし彼が、妻に大した愛情も抱いていない、妻などいてもいなくてもどうでもいいような存在だとしたら、とりあえず家庭や子供のことを考えて、見て見ぬふりをするかもしれない。妻が外でどうしようが、しょせん彼にはあまり関係のないことである。だが、彼が妻を心から愛して、信頼してきたとすれば、そうはいかない。裏切られたことに怒り狂って、妻を追い出すか、報復でもしたら、気が晴れるか。もちろん、そうもいかない。それは、まだ妻を愛しているからである。愛は深ければ深いほど、裏切りを受けたとき、とてつもないジレンマに立たされる。そして、ひどく傷つくのは、より深く愛している側である。
 神は、イスラエルの裏切りによって傷ついた心を、ご自身から赤裸に告白している。生まれた日に嫌われて、野原に捨てられた赤子のような民を拾い上げ、野原の新芽のようにいとおしく育て、やがて契りを結んだ。「それから、わたしは飾りものであなたを飾り、腕には腕輪をはめ、首には首飾りをかけ・・・・こうしてあなたは女王の位についた」。ところが、民は自分の美しさに依り頼み、名声を利用して姦淫を行ない、通りかかる人があれば、誰にでも身を任せて姦通した。神は、この後、「あなたの姦淫はささいなことだろうか」と問いかけている(エゼキエル一六)。「ささいなこと」どころか、これほどの愛に対して裏切りがあるとすれば、それは極度に罪深い、不義の行為である。それは、違法行為をはるかに越えて、個人的に罪深いものである。
 そして、この神の告白の中には、愛故に傷つき、愛故に悲しみ、愛が燃えつくす炎となって悶々としている姿を見ることができる。ここに悶々とした苦しみや「怒り」があるとすれば、それは愛が足りないからでも、また愛に反して存在しているからでもない。それはまさに、愛が無制限であるが故に、裏切られてもなお愛しているが故に存在しているものである。もしここに、赦しがあるとすれば、最も超自然的なものであり、和解があるとすれば、この世で最もむずかしく、犠牲を伴うものに違いない。無論そうした解決は、愛を踏みにじった側からは、期待できるはずはない。
 預言者ホセアは、イスラエルの罪と神の愛とを、自分の人生で体験し、表わすようにと命じられ、姦淫の女ゴメルと結婚した。「夫に愛されていながら姦通している」(三・一)ゴメルは、愛されていながら偶像に走る民の罪を、そして彼女を愛する夫のホセアは、それでもなお民を愛する神の愛を表わしていた。結婚後も姦淫を続けるゴメルは、気がついてみると奴隷市場に座わっていた。神の命令によって妻を買い戻しに行く聖職者のホセア。奴隷市場で、ホセアは代価を払って妻を買い戻した。そこで払われた代価の額が問題なのではない。そこには、金額には代えられない、愛故のとてつもない犠牲が意味されている。ゴメルが奴隷市場に縛られていることは、彼女の罪の責任であり、それに対する裁きの結果である。だがホセアは、彼女を愛するがあまり、ゴメルの罪責を自分も背負った。ゴメルのためにホセアが代価を支払っているのは、単なる商業的な取引ではない。彼は、自分とゴメルを一つにして、彼女の上に降り掛かった裁きを肩代りしているのである。
 マルコの福音書一〇・四五(Tテモテ二・六)で、イエスは十字架を例えて「多くの人のための贖いの代価」と表現しているが、そもそも贖いの代価(ransom)とは、奴隷を解放する、あるいは買い戻すために支払われる身代金のことを言う。初代教父の贖罪論を見ると、聖書に登場する「代価」や「債務証書」(コロサイ二・一四)、また「買い取られた」(Iコリント六・二〇、七・二三)というイメージから、代金は誰に対して払われたのか、債務は誰に対して負っていたのか、神かサタンか、という論議が繰り返し登場する。10) 代価という言葉は、類比として使われているのであるから、誰にその代金ないし身代金が支払われたのかなどと問うことによって、その言葉に不必要な重荷を負わせることは間違いであろう。だが、「代価」というイメージは、和解には膨大な犠牲が必要であることを伝えている。勿論、「たましいの贖いしろは、高価であり、人はそれを永久にあきらめなくてはならない」(詩四九・八)とあるように、人は自分で自分を自由にすることはできない。しかし、だからといって、単なる寛容から、ポイと出された免罪符のように、神が赦しを提供しているわけでもない。神は人の形をとり、奴隷市場でうごめているような私たちを捜して、救い出すために天から下って来られ、最後は十字架上で、世を愛するがあまり世の罪の責任を肩代りし、その裁きを背負われた。ホセアの愛と苦しみから察する限り、神の愛は無限であり、となれば、そこで受けられた苦しみも無限であったであろう。罪の赦しがあるとすれば、まさにこの犠牲的な、一方的な愛から出てくることを忘れてはならない。
 
二、propitiation vs. expiation
 
 神とイスラエルの愛の契りは、当然、二者の契約関係を意味し、神に対するイスラエルの罪は、この契約関係をこわすものであった。障害物である罪が除かれ、洗い清められ、二者が和解され、交わりを回復するために(神の側から)用意されたのが、旧約の祭儀の制度であった。この祭儀との類比から、キリストを神と人間との間の仲保者である大祭司とし、十字架の死を犠牲として解釈することができる。キリストの十字架を旧約の祭儀的なメタファーによって理解することは、新約の記者にとって最も自然なことであったようだ。テーラーによれば、キリストの「血」という言葉は、キリストの「十字架」の約三倍、キリストの「死」の約五倍の頻度で用いられ、11) 祭儀的なメタファーは、ヘブル人への手紙は言うまでもなく、第一ペテロ、黙示録、パウロ書簡と最も幅広く登場する。十字架のイメージには、「契約」、「清める」、「犠牲」、「供え物」、「祭司」、「捧げる」といった具体的な連想事項から、「神に近づく」、「食する」、「交わる」といった付帯状況に至るまで、祭儀的なイメージが絡んでいる。
 十字架を祭儀的なメタファーから理解する際、避けて通れないのが、ローマ三・二五に登場するギリシャ語ιλαστηριονの解釈であろう。例えば、新改訳(文語訳・元訳も同じ)には「神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供物として、公にお示しになりました」とあるが、この訳語は、キリストの十字架を人間の罪によって引き起こされた「神の怒りをなだめる」犠牲として解釈している。英語のpropitiationが、これに該当する。「なだめる」という訳を採ったとき、それが人間の側からの行為であり、なだめられる対象が神であるという前提がある。すなわち、十字架において罪に対する刑罰が果たされ、神の態度が怒りから赦しへとなだめられて変化することを意味している。この解釈に異議を唱えたのがC・H・ドッドであった。12) 確かに、通常ιλαστηριονは怒りをなだめるという意味を持つが、七十人訳においては、ヘブル語のkipperに当てられており、祭儀上で罪をおおい隠す、洗いきよめる、あがなうという意味で使われている。この場合、kipperされる対象は罪・罪人ということになる。ローマ三・二五において語られているのは、神が何かをされるのではなく、何かをする主体であり、扱われる対象は神ではなく、人の罪であるが故に、ιλαστηριονはpropitiationではなく、expiationと訳すべきだという。その場合、十字架は、神の側から罪をおおい隠し、罪人を和解させる手段として、神の側から用意されたものであると解釈される。日本語訳新約聖書の中で、expiationの側に立っているのが、共同訳の「神は、キリストがその死によって、信じる者にとり、罪を償う供物となるようにと定められました」、あるいは口語訳の「罪をあがなう供え物」であろう。
 「なだめの供物」とは、確かに注意を要する表現である。「怒りをなだめる」という表現は、異教世界や世俗世界にも通用する概念であるから、私たちが十字架を解き明かす際、つい安易に用いがちである。ただそれが、機嫌を損ねている妻になだめの供物として、ケーキの一つでも買ってきた、という世俗レベルに落ちたり、怒り狂っている神を生け贄をもってなだめる、という異教レベルに落ちないように、注意しつつ、旧約聖書の祭儀で「犠牲」・「供物」が何を意味するのかを探求する必要がある。V・テイラーやフォン・ラートが指摘しているように、旧約祭儀において贖罪のシステムを備えられたのは神である。神は、償われていない罪の故に民が滅びることのないように、いけにえを捧げるように告げられた。「わたしはあなたがたのいのちを祭壇の上で贖うために、これをあなたがたに与えた」(レビ一七・一一)とあるように、贖い(kipper)を提供するのが神であり、贖いを受けるのが民である。贖罪のシステムは、人が神に影響を及ぼすためにあるのではなく、人の罪がおおわれ、和解が成立するために神の側から用意されたものであった。13) 
 第二コリントの和解の概念を調べても、「神はキリストによって、私たちをご自分と和解させ・・・・この世をご自分と和解させ」(Uコリント五:一八ー一九)とあるように、和解という動詞の主語は神である。キリストによって、神が和解させられるのではない。それは、旧約聖書における契約が、神の一方的な恵みによるのと同じである。14)
 さて、ローマ三・二五において「なだめの供物」以外の訳語を好んだとしても、十字架理解から「なだめ」の要素を完全に取り去るわけにはいかないだろう。確かに、十字架は神の愛を基盤にし、神の側から発せられた救いの出来事である。だが、私たちは、罪と罪人との上に臨んでいる、神の怒りと裁きの事実に目をつぶるわけにはいかない(ローマ一・一八、二・五、三・一八)。それは、二者の間の壁となり、敵意となって、立ちはだかっていたのである(エペソ二・一四ー一八)。十字架を通して、罪がおおわれ、神の裁きが過ぎ越されていくのであるから、モリスやラッドのように「なだめ」という訳語に固執する神学的意図も十分理解できる。15)
 つまり、十字架を前後して、神の人を見る目、或いは神の罪人に対する態度が実際に変わったと言わざるを得ないのである。ただここで、言葉づかいには細心の注意を払うべきである。罪人に対して怒りを燃やしていた神が、身代りの刑罰を立てることによって、その怒りがなだめられ、罪人を愛することができたという表現は適切ではない。いわゆる刑罰代償説を説いているのがカルヴァンであるが、彼も「贖いの業は、神の愛に由来するのであって、贖いが神の愛を起こすのではない」と題された項目の中で、アウグスチヌスを引用して次のように述べている。
 
神の愛は測り知れず、不変である。というのは、神が私たちを愛し始めたのは、私たちが御子の血によって和解された後ではない。・・・・私たちがキリストの死を通して和解されたという事実を、あたかも、御子によって和解されたので、以前は憎んでいた私たちを今は愛するようになったと理解してはならない(『キリスト教綱要』U・xvi・4)。
 
むしろ先に述べたように、愛するが故に相手の罪を見逃すことができず、愛するが故に裏切っている相手を責め、きびしく訴え、葛藤しているという愛から、贖罪がなされたとき、不義が覆われ、罪が洗われ、相手を赦し、完全に受け入れるところへの愛へと変わった、その過程で神の義と聖は曲げられることも、隠されることもなかった、という表現をとった方がよいのかも知れない(カルヴァン『キリスト教綱要』U・xvi・3参照)。16) どちらにしても、十字架において神の罪人に対する態度は変わったわけである。十字架は、神が提供されたところの贖いの手段であり、それが達成されたとき、人ばかりでなく神をも和解のテーブルから遠ざけていた「罪」が決定的に扱われた。そこにおいて、神と人との間の仲介者(Tテモテ二・五、ヘブル八・六、九・一五、一二・二四)としてのキリストの働きが完了したのであった。17)
 十字架理解において「なだめ」の要素を無視できないのと同じように、「刑罰」という概念も取り去ることはできないであろう。そもそもUコリント五・二一(「神は、罪を知らない方を、私たちのために〈υπερ〉罪とされました」)やガラテヤ三・一三(「キリストは、私たちのために〈υπερ〉呪われたものとなって、私たちを律法の呪いから贖い出してくださいました」)の解釈から、十字架を刑罰とする見方が登場する。「刑罰」という言葉を、父なる神が、私たちの罪の腹いせとして、御子を懲らしめたという意味にとることはできない。上に引用したカルヴァンは、「あなたをわたしは喜ぶと言われた愛する御子に対して、父が怒りを燃やされるなどどうしてあり得ようか」(II,xvi,11)と述べて、刑罰という表現を行き過ぎて理解しないように心がけている。十字架上の苦しみの中で、キリストは「神の(裁きの)厳しさの重みを担われた」のであり、神が御子に対して怒りをぶちまけたわけではない。パウロのガラテヤ書三章の説明によれば、全人類は、律法を完全に守ることが出来ず、呪いの下にある(一〇節)。キリストは、この呪いから私たちを救いすために、ご自身で律法による有罪判決に服し、木にかけられるという裁きを受けられた(申命記二一・二三、ガラテヤ三・一三)。神はこのようにして、キリストにおいて、罪に対するご自身の審判をご自身の中に吸収されたのである。
 怒りにしろ、刑罰にしろ、これらは聖書に基づく用語であるが、あくまでも地上の私たちの肉的な能力でも理解できるように適応された(accommodated)表現であることを心に留めつつ、行き過ぎに注意すべきである(U,xvi,2)。だが、曲解の危険はあるにせよ、カルヴァンは、怒り・刑罰に関連する言葉を積極的に用いている。それは、そうした用語なしには、聖であり義である神がどれほど罪を嫌われ、罪の結果としての死の裁きがどれほど重いものであったのか、十字架の苦悩と受難がどれほどの犠牲であったのか、またキリストが罪人とご自身を一つに重ねられたことがどれほど大きな恵みであったのかを、理解することが不可能だからであろう。18)
 
三、身代りか代表か
 
 「キリストは我らの罪のために死にたまえり」とは、初代のキリスト教徒の間にいち早く定着した十字架理解の原型とも言うべきものである。だが、十字架は、罪という問題の解決ばかりか、神との交わりの復元・神のいのちへの参与という積極面を持っている。ヨハネは、十字架の恵みの積極面を「いのちを与える」という言葉で表現している。キリストがこの世に来られたのは、私たちが永遠のいのちを持つためであり(三・一六、六・五四)、一粒の麦が地に落ちて死ぬのは、多くの実を結ぶためであり(一二・二四)、羊飼いが羊のためにいのちを捨てるのは、羊がいのちを豊かに持つためである(一〇・一〇ー一一)。第一ペテロには、キリストが罪のために死なれたのは、「霊においては生かされて、私たちを神のみもとに導くため」(三・一八)、或いは「罪を離れ、義のために生きるため」(二・二四)という積極的な目的が明示されている。パウロも、テトスへの手紙の中で、キリストがご自身をささげられたのは、罪から贖い出すばかりか、「良い業に熱心なご自分の民を、ご自分のためにきよめるため」(二・一四)であり、十字架の上で救主なる神の愛が現わされたとき、それは「永遠のいのちの望みによって、相続人となるためであった」(三・四ー七)と記している。また、パウロが、十字架の恵みの積極面を強調する意味で、十字架を受難として描くだけでなく、それを復活と抱き合わせて一連の神の業として描き、十字架から生み出されるいのちを強調していることは、注目に値する(ローマ四・二五、八・三四、ピリピ三・九ー一一)。19)
 勿論、アウレンが大々的に取り上げたところの「勝利者キリスト」という積極的イメージを忘れてはならない。「神は、キリストにおいて、すべての支配と権威の武装を解除してさらしものとし、彼らを捕虜として凱旋の行列に加えられました」(コロサイ二・一五、参Tコリント一五・二四以下、ピリピ二・一〇、ローマ八・三五以下)とあるように、受肉から十字架・復活にいたる一連の過程で、キリストはこの世の悪の力、すなわち人類を隷属させ苦しめている暴君と戦い、勝利したのである。キリストは我らを悪魔の支配から救い出し、そのとき神と敵対する力が除かれ、不和が除かれ、人類に下された裁きが取り除かれ、そこにこの世との間に新しい関係(和解)が生まれた。よって、アウレンは、勝利としての十字架が、救済の業であるばかりか、贖罪の業であったことを強調している。20)
 十字架について思索を進める中、いのちを与える/勝利を治めるという積極面の把握と同時に、見落としてはならないのが、主体化という側面である。十字架は、歴史的・客観的事実として私たちの外側(extra nos)でなされた神の業である。だが同時にそれは、私たちがその客観的事実に信仰によって参与することで、私たちの内側になされる神の業でもある。こうして客観的事実が主体化されなければ、救いの業は達成されることはない。この観点から、カルヴァンは、『キリスト教綱要』の中で、キリストの業を説き明かした後、「キリストが私たちの外側にとどまり、私たちが彼から離れている限りは、彼が人類の救いのために受けた苦しみも、行なった業も、すべてのことが私たちにとって何の意味もないことである」と述べている(V・i・1)。
 このように救いの業が達成されるためには、私たち自身が「キリストのうちに」(εν Χριστω)あり、「キリストとともに十字架につけられ」(ローマ六・六、ガラテヤ二・二〇)、「キリストとともに死に、苦難をともにし」(ローマ六・八、八・一七、Uテモテ二・一一)、「キリストとともに葬られ、よみがえり」(ローマ六・四、コロサイ二・一二、三・一、エペソ二・六)、「キリストとともに生かされ」(エペソ二・五)なければならない。このとき、信仰は、私たちをキリストに接き木する「接着剤」(ローマ六・五/カルヴァン、V・ii・30)としての役割を果たす。ヨハネが得意とする表現である、「信じる」(特に、πιστευω + εισというパターンで、ヨハネ文書に三七回登場)、あるいは「キリストにとどまる」(ヨハネ六・五六、一五・四ー六、Tヨハネ二・六、二四ー二八、三・六、二四)という表現を見ても、信仰を通してキリストと一つになる(mystical union)ことが、十字架/復活の恵みを受け、その恵みに生き続けるための必須条件であることがわかる。21)
 だが、ここで信仰という、私たちの側からの参与だけを取り上げるのでなく、そもそも、キリストの客観的な出来事が、信じる者をその客観的出来事の中へと抱き込み、包含するような性質をもっていたことに注目しよう。今から約二千年前、キリストという「ひとりの人」においてなされた業が、今を生きる私たちを含めて、全人類に影響を及ぼすという。そのような時空を越えた働きが可能なのは、聖霊の助けによるばかりでなく、キリストという御方の「人の子」・神の「御子」としてのご性質によっている。キリストは「ひとりの人」でありながら、アダムのように人類を代表する性質を持っている。キリストが死に至るまで神への従順を果たし、罪人と一体となって罪責を背負われたとき、それは、人類の中の一個人としての行動ではなく、人類を代表して、信じるすべての人をその行動に与らせることができるのである(ローマ五・一二ー二一)。同じように、キリストの復活は、単なる奇跡的な出来事ではなく、私たちを代表して、初穂としてよみがえられたわけで、それによって「すべての人が生かされる」ことができる(一コリント一五・二〇ー二二)。十字架と復活とは、キリストが私たちを代表して、「罪に対して死に、神に対して生きる」という姿をとられたのであり、信じる者がキリスト・イエスに結ばれるとき、「その姿にあやかり」、その者もまた「罪に対して死に、神に対して生きる」という現実にあずかることができる(ローマ六・五、一〇ー一一、ガラテヤ二・一九ー二〇a/共同訳)。キリストはこの意味で、「かしら」と呼ばれ(Tコリント一一・三、エペソ一・二二、四・一五、5・二三、コロサイ一・一八、二・一九)、「あらゆるものが頭であるキリストのもとにまとめられる(recapitulate)」(エペソ一・一〇/共同訳)のである。このように、私たちがキリストにつながり、贖いの出来事に参与できるのは、第二のアダムとしてのキリストのご性質の故であり、信仰が貴ばれるのは、まさに私たちを第二のアダムであるキリストに「結びつける」からである。
 残念ながら、アンセルムスの贖罪論が浸透した神学世界においては、こうした十字架の恵みの積極的側面が無視されてきたことは事実である。「十字架は刑罰であり、それによって我らの身代りとして神の義を満足させた」と言うだけに留まるとき、十字架から義認を説くことはできても、そこから聖化を説くことはできない。アンセルムス的な贖罪論の中では、罪の赦しと、客観的な神との関係の和解を導き出すことはできても、罪人が十字架の恵みを通して聖人へと変貌する新創造を導き出すことはできないでいる。そこで、「身代り」(substitution)という概念を捨て、「私たちのために」という聖書の中に繰り返し登場する表現を、「代表」(representative)という概念を用いて理解する神学者が数多くいるわけである。
 そもそも、十字架の死に関して「・・・・のために」と訳されているところをたどれば、ギリシャ語のυπερという前置詞に当たる。たとえば、パウロ書簡を例に挙げると、「キリストが私たちのために死んでくださったことにより」(ローマ五・八)、「私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡され」(ローマ八・三二)、「ひとりの人がすべての人のために死んだ」(Uコリ五・一四f)、「私を愛し私のためにご自身をお捨てになった」(ガラ二・二〇)、「私たちのために呪われたものとなって」(ガラ三・一三)、などに登場するのはすべて、この前置詞である。新改訳で「身代り」(Uペテロ二・一八)と訳されている語も、実はこの前置詞<υπερ>である。確かに、テイラーが言うように、<υπερ>という語は、<αντι>(代わって/instead of us)という代替の概念と区別され、「・・・・の為に(なるように)、・・・・を代表して」(on our behalf)と訳されるべきであろう。22) もっとも、この<υπερ>という言葉は前置詞であるが故に、「身代り」か「代表」かといった名詞的な訳語を捜すことはきわめて困難である。また、日本語においては、各々に明確な再定義をほどこさなければ、この二語を語義において区別することはむずかしい。
 言語的な分析はさておき、ここでは神学的に「身代り」(substitution)か「代表」(representative)かという議論の神学的論点をおさえておきたい。「キリストは私たちのために・・・・」と言ったとき、それは疑いもなく、私たち自身ではできなかったことを神がキリストにおいて成し遂げてくださった、という意味を含んでいる。罪に対する裁きを受けることも、古き人を葬り去ることも、新しいいのちを生み出すことも、私たちが自分でやることではないし、キリストと肩を並べて一緒にやっているのでもない。「キリストは自分自身をささげ、ただ一度でこのことを成し遂げ」(ヘブル七・二七)、「ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所に入り」(同九・一二)、「キリストのからだが、ただ一度だけささげられたことにより、私たちは聖なるものとされている」(同一〇・一〇)のである。私たちが何一つしていない、何一つできない中、イエス・キリストが贖罪を成し遂げ、生ける新しい道を備えられたという事実に、私たちは依り頼んでいる。この意味で、キリストは私たちに代わってと言うことができよう。
 だが、私たちの関わりを締め出してしまうような意味での「身代り」(exclusive substitution)という概念には、一つの危険性がついて回ることを覚えておかねばならない。もし和解が私たちを締め出した領域ですでに成立している客体化された事実だとすれば、私たちはその事実を単に受け入れる、あるいは認めるだけで、一方的に救われてしまう。身代りによる和解の客体化が極端に強調されるとき、信仰は、その事実を認識し、それに「合意する」(assensus)だけのことで、そこには、実存的な悔い改めとともに自分自身をキリストの贖いの中に投げ込み、キリストとともに死に、キリストとともによみがえるような「信頼」(fiducia)としての信仰は、要求されていない。また、キリストが私たちの身代りとして私たちの外側で贖罪の業を完了したのであるから、私たちはその事実を受け入れるだけで、後は自分の好きに生活しつつ、なおも救いは成立しているのだ、という誤解も生まれてくる。
 そのような誤解は、決して非現実的なことではない。ローマ人への手紙の六章の背景は言うまでもなく、たとえば、ウェスレーが聖化を強調したとき、当時のプロテスタント諸派の中に、「外なるキリスト」に固執するあまり、クリスチャン自身の心と生活が実際にきよく変貌していく過程を、周辺的・抹消的な問題とみなすような傾向が存在したわけである。時に、「キリストとその義だけが」というプロテスタントの標語が、信仰者の不義と堕落の言い訳にさえなっていた。ボンヘッファーもまた、合意としての信仰だけで外なる贖罪の業にひっかかっているだけの当時の救済観を「安っぽい恵み」(cheap grace)として批判し、キリストに従い、キリストと一つになること(conform)を強調したのであった。
 さて、「私たちを締め出しての身代り」という概念の危険性を考慮して登場したのが、私たちを内に取り込むべく考えられた「内包的身代り」(inclusive substitution)という概念である。23) V・テイラーなどが「代表」という概念を用いたときも、人類のかしらとして、第二のアダムとしての「内包性」を主張しているのである。24) キリストが人となってこの世に来られ、この世を生き、十字架において死に、復活されたとき、主は「罪に対して死に、神に対して生きる」ということをされた。これこそは、私たちがしなければならないことであるが、だが、私たち自身ではできないことである。主は、私たちに代わって、私たちの代理として(vacarious)お一人でなされた、ということができよう。だが、身代り・代理が私たちに代わってすでに事を果たされたので、私たちはそれを果たすべき責任を逃れることができる、というのではない。主はかえって、私たちも十字架を負うように、死にまでも従うように、主の苦しみを共の味わうように、そして共に栄光に与るように、と招いておられる。第二のアダムとして十字架にかかり/復活された主は、その現実の中に信じる私たちを取り込むことができる。
 キリストが私たちの受けるべき罪に対する裁きを引き受け、罪責の訴えに決着つけられたとしたら、それは私たちもキリストとともに十字架につけられ、罪の体が滅びて、罪の支配から解放されるためであった(ローマ六・六)。キリストが悪の力に対して決定的勝利を治められたとしたら、それは人間生活の外側で戦われた、物理的な勝利でも、法的な勝利でもない。それは、「罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように試みにあわれた」(ヘブル四・一五)御方の勝利である。死に至るまで父なる神に対する従順を貫き(ピリピ二・六ー八)、サタンの誘惑に屈しなかった御方の勝利である。勝利者キリストは、私たちの信仰の創始者であり、完成者であり、この方から目を離さない限り、私たちもサタンに対して勝利し、聖者の凱旋に連なることが出来る。この内包性こそ、「人の子」、すなわち天から来た第二のアダム(Tコリント一五・四七)が有する神的な力である。
 私たちがキリストを信じ、自分自身をキリストの恵みの中に投げ込み、キリストに属するものとなり、キリストにとどまるときに、代表者としてのキリストが、私たちのために(for us)私たちの外でなされた救いの業が、私たちの内側に(in us)達成されていく。キリストは信仰者にとって外なる御方ではない。キリストは私たちと一つとなり、かしらとなり、内に住まわれるのであるから、主が代わって成し遂げてくださった救いの御業に私たちは参与する(participate)ことができる。古典的贖罪論(エイレナイオスやアタナシオス)に唱われているように、キリストが罪人である私たちと同じくなられたのは、私たちがキリストと同じくなるためである(参、Uコリント五・二一)。そのとき、「神のかたち(εικον)」(Uコリント四・四)であるキリストと「同じかたち(εικον)へと、私たち自身が姿を変えられて(μεταμορφοσθαι)」(同三・一八)いき、ついには「御子のかたちと同じ姿に変えられていく(συμμορφοs)」(ローマ八・二九、ピリピ三・二一、Tコリント一五・四九)のである。
 
【おわりに】
 多彩なイメージを駆使して、十字架を理解しようとする試みは、実に聖書的なことである。冒頭で述べたように、祭儀的発想が根強いヘブル人の思考回路からでも、法廷、債務、勝利の行進と、様々な具体的イメージが採用されている。また、初代教父の時代に入れば、アウレンは「勝利者キリスト」こそ統一テーマであると論じているが、実際は、彼の説得とは逆に、贖罪論全体が複雑なモザイク模様であるという印象はぬぐい去れない。そうした事情は、以下に引用するアタナシオスからの一段落に容易に読みとることができる。
 
私たちは、朽ちるものを朽ちないものへと変えることは、無からすべてのものを創造した救主だけにふさわしいことであると理解してきた。また父なる神の御かたちである方だけが、人の中にその御かたちを再生することができ、我らの主イエス・キリストのみが、死ぬべきものに永遠の生命を与えることができ、すべてを命じることばなる主、父なる神の独り子のみが、神について人に教え、偶像崇拝を絶滅することができると理解してきた。だが、これらのことを越えて、払われるべき負債というものがある。というのは、既述の通り、すべての人は死ぬのであり、・・・・ここに、ことばが私たちの中に住まわれた第二の理由がある。すなわち、その働きによって神であられることを証明された方が、すべての人のためにいけにえを捧げ、ご自身の身体をすべての人に代わって明け渡し、死の負目を解決し、根元的罪から自由にしたのである。また、同じ行為をもって、彼はご自身が死よりも力のあることを示され、復活の初穂として、ご自身の身体が不死であることを示されたのである。25)
 
 贖罪論を一つの論理やテーマに無理に押し込んでしまわないためにも、複合的なアプローチが必要である。いうなれば、カルヴァンが「預言者」・「王」・「祭司」という三つの職分から多局面的にキリストの働きを理解したような努力が必要である。十字架という出来事が、キリストの働きの中心であればあるほど、キリストがいかなる御方であり、何をされたかという全体像を十字架の中にも追い求める必要がある。また、啓示の領域では、真理は数学のように公式で捕らえることはできないし、真理からパラドックスを除去することもできない。カルケドン会議が「全く神であり、同時に全く人である」というキリスト理解をゆずらなかったことにキリスト論の原点があるとすれば、贖罪論にも理性で割り切れないパラドックスは含まれていて当然である。こうした意味で、ブルンナー等の弁証法的な神学者たちが、すべてのことを理にかなわしめようとする啓蒙主義に押し出されたリッチュルの自由主義神学に反発して、あらためて神の愛と怒りというパラドックスと格闘しつつ贖罪論を再構築している姿には、学ぶべきところが多い。26)
 十字架を理解するにあたって採用されてきた様々なイメージは、互いの不足を補い合い、互いの行き過ぎた論理を是正する役割を果たしてきた。各々のイメージは、キリストの十字架というプリズム・レンズを通して生み出される光の帯(スペクトル)のようなものではないだろうか。レンズは、光を多岐に分散させるだけの数々の二重構造を持っている。例えば、先に挙げた、仲保者としてのキリストが「神であり、同時に人である」というパラドックスであるとか、十字架において神の義と愛が出会うといった二重構造である。また十字架という出来事は「ただ一度でこのことを成し遂げられた」(ヘブル七・二七)という贖いの客体的(objective)事実であるが、その客体的事実が、人の心と生活に、しいては社会全体に現実化していくという主体的過程を生み出す力をも内包している。さらには、十字架こそが、贖いの中心点であっても、受肉から復活に至るまでのキリストの全生涯が考慮されなければ、中心点は的確に機能しないのである。27) こうして、光の帯はますます多岐に映し出されていく。
 レンズの向こう側には、この世の罪を扱われた神の愛がある。レンズは、この「神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ・・・・私たちは、キリストに代わってあなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい」(第二コリント五・一九ー二〇)という基本的な光を受けて分散させ、幾重にもなるイメージをつくり出すのである。
 レンズを通して生み出された光の帯の一つを取り上げて、これがいちばん美しいとか、いちばん基本的だと主張することは、ときどき木を見て森を見ないような視野の狭いドグマを創り出す。さらには、すでに聖書や初代教会の中に、法的赦し・犠牲・勝利者キリスト・無効とされた債務・第二のアダム・聖化といった、基本色のようなものが現われていたとしても、各々の色を明確に識別したり、その意義を把握するのに、何世紀も要してきたわけであるから、これから先どの光の帯が私たちにインパクトを与え、教会を動かしていくのか、また贖罪論のどんなニュアンスが掘り出されるのか、測り知ることはできない。だが、まさにこの無尽蔵な救済の業を学び、語り、今日に適用させ、折りにかなった神の恵みと人知をはるかに越えた神の愛とを不断に引き出していくことこそ、私たち説教者の喜びである。
 
 
注_________
 
 
@ 新約聖書に展開されている十字架のメタファーをどのように分類するかに関しては、意見が分かれる。たとえば、バルトは、法律的・経済的・軍事的・祭儀的と四つに分類し、佐藤敏夫氏は経済的なメタファーを法律的なそれに融合させ、基本的に三つと定めている。なお後者の『救済の神学』(新教出版)の第八章「十字架のメタファー的解釈」は、最もバランスのとれたメタファー理解であろう。
 
A カール・ブラーテン「キリスト教の救済論」、日本版インタープリテーション、第七号「救い」(英語版、一九八一年四月)、一九頁。
 
BG・アウレン『勝利者キリスト』、佐藤・内海訳(教文館)、一七〇頁。
 
C『アンセルムス全集』、古田暁訳(聖文舎)。
 
DDe Paenitentia, 6 (アウレン上掲書、九六頁からの引用)。
 
EA.Harnack, History of Dogma, vi, tr. W. M'gilchrist(London:Williams & Norgate, 1899), p.56; アウレン、上掲書、九六ー九八頁。
 
Fアンセルムスの贖罪論とアベラルドゥスのそれが、教理的に反対極に位置することを指摘したのが、リッチュルである(Albrecht Ritschl, A Critical History of the Christian Doctrine of Justfication and Reconciliation, tr. J.S.Black(Edinburgh: Edmonston & Douglas, 1872), III, pp.35ff.)。彼は、後者を立てることによって、前者に塗り込められたプロテスタント正統主義を批判するのであるが、ここからアベラルドゥス的贖罪論が大々的に取り上げられるようになり、罪の理解と相まって自由主義神学の中心的教理となる。勿論、バルトなどの新正統主義が、自由主義に対抗してアンセルムスの贖罪論を再び見直すような立場を選択するわけである。
 
GM.ヘンゲル「十字架−−その歴史的探求」、土岐正策・土岐健治訳(ヨルダン社、1986)は、十字架の処刑が当時の社会でどのような意味を持っていたのかを探求した書物である。
 
Hこの点に関する詳細な研究は、Leon Morris, Testaments of Love: A Study of Love in the New Testament(Eerdmans, 1981), pp.132-144、またD.M. Baillie, God Was in Christ(NY: Charles Scribner's Son, 1948), pp.184-189を参照。
 
I簡単な復習として、W. Pannenberg, Jesus-God and Man, second edtion, trans. by Lewis Wilkins and Duane Priebe, p.275を参照。
 
JV・テイラー、Atonement in New Testament Thought(London: Epworth Press, 1940)、一七七、一八五ー八七頁。
 
KC.H. Dodd, Journal of Theological Studies 32 (1931), pp.352-60
 
LVincent Taylor, Jesus and His Sacrifice (London: Macmillan, 1937). Gerhard von Rad, Old Testament Teology, 2 vols, tr. D.M. Stalker (NY: Harper & Row, 1962), pp. 270-271.
 
M和解に関する、手ごろな詳論として、Otto Weber, Foundations of Dogmatics, trans. by D.L. Guder (Grand Rapids: Eerdmans, 1983), vol.2, pp.183-188. Vincent Taylor, Forgiveness and Reconciliation(London: Macmillan, 1948)が挙げられよう。
 
NLeon Morris, "The Meaning of ιλαστηριον in Romans 3:25," New Testament Studies 2(1955), pp.33-43; L・モリス「新約聖書における十字架」、山口昇訳、聖書図書刊行会; G.E. Ladd, A Theology of the New Testament (Grand Rapids: Eerdmans, 1974), pp.429-33. C.E.B. Cranfield, Commentary of Romans(ICC), I, pp.216-217. また、神の怒りについて、ibid., pp.108-109を参照。
 
OC.K.Barret, The Epistle to the Romans (New York: Harper, 1957), pp.77-78。木内伸嘉「祭儀的分脈における〈聖〉の概念」、『基督神学』四号、一九八八、一二ー一六頁。同氏のさらに詳しいkipper研究として、N.Kiuchi, The Purification Offering in the Priestly Literature(Sheffield, JSOT Press, 1987)、八七ー一〇九頁を参照。舟喜順一「キペル」(『びぶりか』一四号、一九八六、六ー八頁)。また、同氏のヒラステーリオンの解釈について、『びぶりか』一五号、一〇ー一三頁を参照。
 
Pアウレンも初代教父を概観して、十字架のドラマの中に神が和解を提供し、同時に和解されるという二面性があることを指摘している。上掲書、六五頁f、九〇頁。
 
QRonald Wallace, Calvin's Doctrine of the Christian Life (Einburgh: Oliver & Boyd, 1959), pp.3-5を参照。 モリスも「私たちが人をありのままの姿で見たとき、神の怒りをあるがままの現実としてとらえたとき、そして十字架をあるがままの現実としてとらえたとき、そのとき、そのとき初めて、私たちは愛をそのあるがままの現実としてとらえることが出来る」と述べ、神の怒りや裁きの現実をありのままでとらえて初めて、愛の深さ、恵みの貴さを理解できるとしている(Testaments of Love, p.131)。また、刑罰代償説に批判的であるテイラーでさえ、同じような理由で、「刑罰」という用語を取り去ることに躊躇し、反対している(Forgiveness and Reconciliation, p.212)。
 
RD.M.Baillie, 上掲書、一九九頁を参照。こうしたところから、そもそも、旧約祭儀における犠牲が意味するのは、死なのか、生命なのか、という論議が生まれてくる。たとえば、L・モリスは、その論点は、聖書において(流された)血は、生命の終わり、すなわち死を意味すると主張し、死を強調する(ほかに、A.M. Stibbs, The Meaning of the Word "blood" in Scripture, London:Tyndale, 1954)。生命を強調する学者には、フォン・ラートやV・テイラーがいるが、ストラスブールのE・ジャコブは次のように記している。「犠牲は二重の役割を担っている。一つに罪責ある人間の生命を象徴し、その死は罪の裁きとしての死を象徴する。しかし同時に、犠牲は、神がそのいのちを罪人へ伝える媒介である。もし祭儀の聖句が犠牲の純粋さ、健全さ、活力を強調するとしたら、それはその生命が神のいのちを象徴するからである。よって犠牲に関する本質的な点は、犠牲の死ではなく、その生命を提供するところにある」(Edmund Jacob, Theology of the Old Testament, tran.by Heathcote and Allcock, NY:Harper & Row, 1958, p.295)。生命を強調する立場の論点は、レビ一七・一一が中心である。
 
Sアウレン上掲書、九ー一一、八二ー八三頁。
 
21参照、Werner Schmauch, In Christus; eine Untersuchung zur Sprache und Theologie des Paulus(Geutersloh:Bertelsmann, 1935)、及びTaylor、九三ー九六、一五三頁。
 
22テイラー、The Atonement in the New Testament、p.59. なお、Tテサ五・一〇の「主が私たちのために死んでくださった」に使われている前置詞は、<περι>(on account of)である。
 
23この区別は、はじめリッチュルによって提唱された。Albrecht Ritschl, Die christliche Lehre von der Rechtfertigung und der Versohnung, 3 vols,(Bonn: A Marcus, 1888),III,474. Weberは、旧約の犠牲に、このexclusiveとinclusiveの概念を当てはめて、次のような両面性を指摘している。「祭儀におけるいけにえを身代りとして語るとき、動物の犠牲は、ある人が苦しむべき事柄をその人に属する動物が代わって苦しみ、本人はその苦しみを体験しないのであるから、exclusiveな身代りと言えよう。だが、同時にそれがinclusiveな身代りであることを認めざるをえない。なぜなら、その動物は、その人のものであり、その人の一部であり、それを捧げるときその上に手を置くことによって、その動物と自分を一つにしているからである」(上掲書, p.201)。犠牲のもつ代償性について、脚注一六の木内氏の上掲論文を参照(この場合は、exclusiveなもの)。
 
24「内包的身代り」の概念、あるいは「代表」の概念を用いつつ贖罪論やキリスト理解を展開している文献として、Weber, op.cit., pp.203-207; Pannenberg, op.cit.,pp.195-204,263-264; O.Cullmann, Christology of the New Testament,pp.172-77; V.Taylor,op.cit.,pp.59-74,85-86,174-175,184; Carl E. Braaten, The Future of God(NY: Harper & Row, 1969),pp.87-92.
 
25Athanasius, The Incarnation of the Word of God(NY: Macmillan,1946)pp.48-49. H・E・W・ターナーは、アウレンよりもバランスのとれた初代教会における贖罪論研究を提供している。彼によると、初代教父には模範としてのキリストを強調する傾向、そして護教家には霊的な光としてのキリストへの哲学的な関心が特徴的であるとしている。また、西方では、祭儀上の関心から犠牲としてのキリストが強調され、東方では、神性に与るという関心からいのちと不死をもたらすものとしてのキリストが強調されているという。Turner, The Patristic Doctrine of Redemption (London, 1952).    
   
26Emil Brunner, The Mediator, trans. by O. Wyon (London: Lutterworth Press, 1934), pp.473, 589-19, n.1.
 
27ブラーテンは、贖罪論の試金石とでも呼べる本質的な教えを、さらに具体的な十点にまとめて、救済論の「十戒」として提唱している。以下のポイントは、彼が多岐にわたる救済論の系統から絞りこんで、救済論の恒久的要素として挙げているものである。一、「神のみが救いうる」。二、「この世に対して架けられた神の唯一の救いの橋は、イエス・キリストである」。三、「贖罪の理解は、神の義と神の愛の間の両極性を真剣に考えなければならない」。四、「受肉から復活にいたるキリストの全生涯が考慮に入れられなければならない」。五、「贖罪は、信仰者の主体的応答に先立って、本来的、先行的に効力を持つ、一回きりの行為である」。六、「人間の状況は、生ける神の前での咎としての罪からなる。罪はただ神の赦しによってのみ正されうる」。七、「神の救済の方法は、罪ある人類との同化である」。八、「キリストにおいて神は、一個人をではなく、全人類を、一どきに救う」。九、「神はキリストにおいて、罪のすべての咎とそのあらゆる結果を背負う」。十、「キリストの十字架はこの世を抑圧する暴君に対する勝利である」。(Carl Braaten, インタープリテーション日本語版、七号「救い」、二三ー二四頁)。聖書解釈の立場から、v・テイラーが七つのチェック・ポイントを挙げて、贖罪論の急所を抑えているが、いろいろと提唱されている贖罪論の正統性を検証するときに、ブラーテンの十戒と同様に役に立つであろう(The Atonement in New Testament Teaching, p.182)。