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::: 牧師の発表した論文 :::


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Name   fujimoto (http://www.tkchurch.comhttp://www.tkchurch.com)
Subject   福音派の公同教会論
以下の論文は、インマヌエルの「宣教研究」に2004年に掲載されました。増補版は、新約教団の斉藤潔先生との共同執筆で、日本福音同盟神学パンフレット「福音派と公同の教会」に掲載されています。



福音派の公同教会論                 藤本満

はじめに

  私たちが公同教会論を論じる背景には、負い目があります。それは、「日本の教会は教会論に弱い」と言われるような体質は、概して福音派にも当てはまるからです。日本のプロテスタントキリスト教は、欧米の宣教師によって一九世紀後半から始まります。当時の欧米の教会の多くが信仰復興運動の影響下にあり、総じて敬虔主義の傾向を持っていました。敬虔主義の積極的面はいまでも福音派に色濃く残っています。伝道への情熱、回心の意識的な体験、祈りや聖書研究への熱意、証しの重視、禁酒・禁煙といった聖潔な生活――こうした敬虔主義のパイエティなくして、福音派のいのちを語ることはできません。
 しかし、敬虔主義的傾向は、教会観に陰を落としました。敬虔主義は、教会ではなく、個人の内面を中心にして信仰を理解します。したがって、敬虔主義は「個人主義的」になることを免れられません。このように個人の救いを第一として、教会を第二のこととして考える傾向を、「無教会的個人主義」とでも呼ぶことができます。初めに教会ありきなのですが、初めに個人の救いありきになってしまい、時には教会論に関わる信条や神学や制度というものに関心を寄せないどころから、それを嫌悪する傾向さえあったと言えるでしょう。
 またそこには第二の陰があります。それは、「各個教会主義」です。教会と言えば、自分の属している教会しか考えないことです。自分の教会が歴史的にどのような脈絡の中に誕生したのかをほとんど意識しないのです。これは教団・教派にあっても該当します。個々の教派が自らの伝統や組織に固着して、公同の教会につながろうとする努力の欠如、これを「教会的個人主義」と呼ぶこともできますが、ひと言で、自らの教会が「全体にあっての部分である」という自覚に欠けている状態です。
 加えて、神学的な理由から福音派は多岐に分かれて日本で宣教してきました。宣教師が教派主義をそのまま宣教地に持ち込んだことも事実でしょう。しかし、自らの神学的な確信がさらに大きな隔てを作り上げてしまったという反省もあります。「和解の福音」を柱とした二〇〇〇年の沖縄伝道会議においては、そのことが宣言文に次のように織り込まれています。
 「教会内の対立や分裂は、福音の真理への熱心さのゆえばかりではなく、肉の弱さの現れでもありました。私たちは、分離することで自らの信念を保とうとし、本質的でないことがらへの執着や、異なる考え方に対する過剰な警戒心によって、交わりを損なってきました」。
 沖縄伝道会議を越えて、JEAは、内においては協力と一致をさらに堅くし、公同の教会を意識して、外においては自らを全体の一部として、公同の教会に貢献し、また公同の教会から学ぶ姿勢を目指しています。
 そこで以下に、
 T. 「一つとなる」――理想と現実から見る
 U. 公同教会論の視点
 V. 福音派と公同の教会
 と題して、論じることにします。
 
T. 「一つとなる」――理想と現実から見る

 主が造られたのは、まぎれもなく一つの教会です。群れは一つ、牧者はひとり(ヨハネ10:16)、からだは一つ、御霊は一つ、召しのもたらした望みも一つ、主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ(エペソ4:4−6、Tコリント1:10)、「大勢いる私たちも、キリストにあって一つのからだ」(ロマ12:5)なのです。
 教会がひとつであるのは、一人の主につながっているからです。各地に散在する教会を次々に迫害していた使徒に、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」(使徒9:4)と、諸教会を「わたし」と呼ぶほど、教会は、愛と平和の絆で主のもとに一つに結ばれています。この一体性は、私たちの願いや決断によるものではなく、主がそのように意図され、祈られたからです。「聖なる父。あなたがわたしに下さっているあなたの御名の中に、彼らを保ってください。それはわたしたちと同様に、彼らが一つとなるためです」(ヨハネ17:11、参17:21−23)。
 しかし、同時に、人間の有限性と罪深さの故に、互いを理解せず、区別し、分離し、互いに無関心であり、時に敵対するような私たちに対して、「謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに忍び合い、平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保ちなさい」(エペソ4:2−3)と、主のもとにあってひとつとなるように、あらゆる努力が求められているのです。

 ここで「ひとつ」であるとは、画一主義的・全体主義的な一致や一体を表しているのではありません。もともと、新約の教会も、そうした意味で一体ではありませんでした。すでに主イエスの宣教時代において、十二弟子とは違う、「私たちの仲間でない」(マルコ9:38)宣教の群れが彼らの知らないところで存在していました。主は、それを「この囲いに属さない他の羊」(ヨハネ10:16)とも表現されました。そして教会がエルサレムから外へと広がり、すなわち異文化・異民族へと広範囲に浸透していく過程で、教会の多様化は当然のことでした。
 それは、旧約聖書の時代とは異なる次元の多様性です。旧約の民の信仰は、エルサレムの神殿、そして大祭司、という存在に象徴されていました。バビロン捕囚後は、各地に散らされた民が多くの会堂を建ててそこを礼拝の場とします。それでも当時、エルサレムの神殿の中心性はうしなわれることはありませんでした。またどの世界に根を下ろしても、ヘブライ民族としての文化を継承していきました。キリスト教会はそうではありません。エルサレム教会は当初中心的な存在でしたが、一旦民族の壁を超えて教会が世界に広がるとき、あらゆる面において、教会の多様性は不可避な現実でした。
 しかし、教会がこの種の多様性を超えて、分裂の時代に至ったことは歴史的な現実です。1054年の西方教会と東方教会の分裂、そして宗教改革に始まるカトリックとプロテスタントの反目、やがてプロテスタントの内部で無数に分岐していく教会。それが国家の問題となり、戦争を引き起こし、互いを破門し、迫害してきたという歴史の現実に心を痛めないキリスト者はいないでしょう。わけても、私たちが「全うされて一つとなる」ことが、主のことば通り、この世に対する最大の証しであると信じているなら(ヨハネ17:23)、キリスト教会の内側の多くの壁はキリストの御心に反することであると悔い改め、それらを取り払う努力、また自らを公同教会に連ならせることを希求します。
 もちろん、分岐してきた教会の歴史をひっくりかえして、すべてを合同して一つにしてしまう、というのはあまりに乱暴な人間的発想でしょう。教会は常に、人間的な限界を抱えながらも、キリストの身体として世に立ってきたのです。その過程の中で、たとえば、パウロがペテロを非難することも(ガラテヤ2:11)、またバルナバと激しく反目したこともありました(使徒15:39)。使徒の時代においても、教会が分かれることが全否定されていたわけではありません。パウロは、「あなたがたの中でほんとうの信者が明らかにされるためには、分派が起こるのはやむを得ない」(Tコリント11:19)と認めていまし、ガラテヤ教会に対しては「ほかの福音」を説く割礼派を徹底して排除しようとしました。ヨハネもまた、「彼らは私たちの中から出て行きましたが……しかし、そうなったのは、彼らがみな私たちの仲間でなかったことが明らかにされるためでした」(Tヨハネ2:19)と記しています。このような引き裂かれる出来事があったからこそ、またその痛みを乗り越えることができたからこそ、福音の真理は保たれ、教会は異端の嵐に立ち向かうことができたのです。
 またプロテスタントの歴史を振り返ってみるとき、教会の「聖」性、「使徒」性が希薄になっていた当時の事情の中で、教団教派が新たに起こされることによって、そうした教会本来の特質が明白になった、という積極面も評価されるべきです。

 しかし私たちは、教派が誕生した歴史的経緯に積極的な評価を下したとしても、教会は一つであるという現実を生きるための努力を惜しみません。それは、最終的に教会は天の御国において一つだからです。
 教会が真の意味で一つとなるという終末の現実は、私たちがそれに向かって歩む目標、あるいは天において実現する理想なのではなく、この終末はキリストのうちに到来している、先取りしていると私たちは考えるべきではないでしょうか。たとえば、礼拝は終末の先取りです。日曜日を聖別し、神を礼拝するとき、それは天の御国で主を拝することを先取りしているという意識です。聖餐もそうです。終末における主の晩餐を先取りしている思いで、恵みにあずかります。だとすれば、このように終末を最も現実的に先取りしている礼拝や聖餐が、この世の教会を分岐させる原因に決してなってはならない、と考えるべきではないでしょうか。終末において、主の教会は究極的に一つであるとの認識の上に、多様性を超えた教会の一体性を見つめる公同の精神が求められています。

U. 公同教会論の視点

 歴史の中で教会が多様に発展し、分岐していく中、それでも教会は、その多様性を貫く一体性、あるいは宣教における一致した協力を実現する努力を怠りませんでした。私たちもまた、そのようにして公同教会に自らをつなげようとしています。
 では、一方で分断された教会の現状を悔い改め、時にその積極性も評価し、歴史をひっくり返すことはできないという現実の中で、私たちはどのように公同の教会を論じたらよいのでしょうか。
 歴史的に独自性・地域性を帯びて存在している様々な教団教派を見据えた上で、主が祈られ、終末の到来によって実現する「一つ」なる教会を考えようとするとき、統一性(Unity)と多様性(diversity)」という視点が不可欠となります。公同教会論は、unity(統一性)とdiversity(多様性)の統合原理の上に成り立っています。
 私たちは、統一性と多様性とが同時共存できるという霊的な現実を、聖書に見ることができます。聖書66巻は多様性に満ちています。時代、文化、言語、歴史的背景、文書のジャンル、それぞれが多様なのです。各所の学びを別個に進めれば、パウロ文書、ペテロ文書、ヨハネ文書、ヤコブ文書と、神学的特殊性もまた多様です。そうでありながら、私たちは66巻すべてを貫く統一性の現実を意識していますし、なおかつ聖書を「一書」と見るように努力します。
 聖書と教会とを一つに重ねることはできません。しかし、教会が時代と地域を越えて広がり、教団教派が歴史的諸事情のうちに形成され、それに付随する地域性あるいは特殊性をそれぞれの教会に認めながらも、それらがキリストの身体として統一性によって貫かれているという霊的な現実を意識し、なおかつ各個教会を「公同の教会」の一部として見るような努力が求められています。
 必ずしも各個教会(地域教会)の機械的な合計として、公同の教会があるわけではありません。公同の教会は歴史的現実として存在していると言うよりは、キリストのもとに集められた一つの民、キリストの一つなる身体として、すなわち霊的現実として歴史の中に普遍しているからです。しかしそうではあっても、公同の教会は、部分としての各個教会に対して、確かな「全体性」を帯びています。もともと「公同性」「普遍性」と訳される、ラテン語のcatholicusは、ギリシャ語のkathalou(全体に)から来ています。この語が、新約聖書で教会に関連して用いられている箇所はありません。しかし、新約聖書が、個別の教会を論じるとき、「そもそも教会というものは」という全体教会が想定され、その全体性に与るものとして個別を論じていることは明らかです。「公同(カトリック)の教会」という言葉は、110年にローマで殉教したアンテオケアのイグナチウスの手紙の中にはじめて見いだされます(「スミルナのキリスト者への書簡」8・2)。それ以降、まざまな教父たちによって、この語は地域教会とともに存在する全体教会を指すために用いられてきました。 
 地域教会と公同教会――ここに存在するのは、「部分」と「全体」との有機的な関係です。@「部分」の有機的な結合と貢献なくして「全体」は成り立ちません。すなわち部分の貢献あって全体が成り立っています。同時に、A単独の「部分」では、部分それ自体がいかに成長していようと、「全体」足り得ないということです。
 @ パウロはエペソ4:16で、教会という「からだ全体」は、「一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力によって、また備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされて」はじめて、「成長し、愛のうちに建てられる」と記しています。全体は諸部分のそれぞれの力量にふさわしい貢献なくして、キリストの「満ち満ちた身たけ(プレーローマ)」(4:13)に達することができないのです。公同教会の豊かさ、満ち満ちたさまは、多様性を包括しているところにあります。福音派の中の諸教団・教派は、それぞれの独自性の故に、福音派全体に、さらには公同教会全体に貢献でき、またそうすることが求められています。先に述べましたように、教会の普遍公同性は、機械的な合計にあるのではありません。日本福音同盟は、教会の同盟であって、教会そものものではありません。しかし、教会の「部分/全体」の原則はこうした集まりにも当てはまります。全体を構成するあらゆる部分は、その力量に応じて貢献する賜物を主から与えられていて、それらが結集されることによってはじめて、全体は建て上げられていくのです。
 また、諸部分の独自性が単独で全体に貢献するのではなく、互いが謙遜と柔和、寛容と平和のきずなで結ばれることが必要です(4:2−3)。さらに、諸部分が互いに「信仰の一致と神の御子に関する知識の一致に達する」(4:13)ことを求めるとき、全体は成長するとパウロは教えています。
 A 部分と全体の有機的な関係は、逆方向にも作用します。それが、全体の視点から部分を見つめ直す、ということです。合同教会である日本基督教団の中で公同教会論の必要性を力説している近藤勝彦氏は、それを論じるにあたって、キリスト教会における、特に日本のそれにおける、「閉鎖社会」「内向き現象」を指摘しています。氏は、H.R.ニーバーによる普遍性(universality)に対抗する、特殊性(particularity)、局部性(partialtiy)、地域性(provinciality)という問題を日本の教会に当てはめて論じています。(*注 H.R. ニーバー『近代文化の崩壊と唯一神信仰』東方敬信訳、ヨルダン社、p.41)公同教会という指針を失って、教会が各個教会主義や地域主義、教派主義に凝り固まっていくとき、教会は閉鎖的になり、内向きになり、公共性・社会性・伝道力を失うというのが近藤氏の分析です。(*注 近藤勝彦「日本の教会の課題と『普公教会』の理念」、『神学』53号、1991・教文館、p.71−76)これは私たちの課題でもあります。
 私たちは、自らの教団教派の背景にある、神の摂理、独自の使命意識、教理的強調、伝統を誇りとします。その土俵を掘り下げ、そこに埋まっている宝を掘り出し、確かなものと把握することは大切なことです。しかし、同時にその土俵を普遍公同教会というさらに広い土俵に置いてみる必要があります。教会歴史の中で、そして今日のキリスト教の動向の中で、自らの占める位置を明らかにし、その文脈下で自らの独自性を認識するのでない限り、内向き現象は免れられないでしょう。私たちの独自の強調が、時に特殊性・局部性・地域性という落とし穴を落ちる危険があることを謙虚に認識しつつ、他との連帯を大切にし、より大きな全体に連なり、その視点から部分に過ぎない自分を改革するという考え方を、公同教会論は私たちに要求しています。

V. 福音派の公同性

 日本福音同盟は、上述のような公同教会論的な視点をもって結成されたと言っても過言ではないでしょう。構成員である教団教派の独自性を保持し、その自主性を損なうことなく、しかしその独自性が内向きに落ち込まないために、他の教団教派との連帯を求めて活動してきました。
 しかしここで、あらためて私たちの考える「公同性」というものを検証してみる必要があります。一般的にプロテスタント教会は「公同性」をどのように理解してきたのでしょうか。中世カトリック教会は、世界のどのような地域・文化に根付いた教会であっても、それが教皇制・司教制という制度的な連続性の中にあるとき、その教会の「公同性」は保証されていると理解してきました。これに対して、「プロテスタントの論客はカトリック性の本質が教会制度にあるのではなく、教理的事柄にあると主張した」と英国の福音派の神学者マグラスは説明しています(『宗教改革の思想』高柳俊一訳、教文館、p.271)。そしてマグラスは、フィリップ・メランヒトンの以下の定義を引用します。
「なぜこの用語が信仰箇条に付け加えられ、教会がカトリックと呼ばれるのであろうか。なぜなら、全世界に散らばった集会であり、そのメンバーがどこにいても、場所的にどんなに離れていても、同じ話し方、すなわちすべての時代に共通な真の教理をはじめから世の終わりまで受け入れ、公に告白するからである」(p.271)。
 プロテスタント教会は、このように、公同性は制度の普遍性にあるのではなく、福音という真理の普遍性にあると理解してきました。マグラスの説明はここで終わっていますが、私たちは、プロテスタント教会の歴史は、皮肉にも、上述のメランヒトンの表現に沿って分裂していったという現実も心に留めておかなければなりません。すなわち、同じ福音を捉えていても、それを「同じ話し方」で告白することができなかったということです。プロテスタント諸教派は、それぞれの福音のとらえ方の違いを、信条に織り込みました。その信仰告白に基づいて、教義学体系を構築し、「論争神学」(Polemik)に明け暮れる時代もありました。
 先の「全体」に対する「部分」の視点で考えるなら、福音そのものは「全体」に属する絶対的な真理であると言うことはできても、その福音を受け取る際の角度の差によって生まれる教派は、相対的な「部分」と考えるべきです。ところが、「論争神学」は、自分たちの話し方、自分たちの信仰告白が独占的に福音を代表するものであると主張し、キリスト教の真理は自分たちの教義学と一致し、真の教会は自分たちの教派と重なっているという姿勢をとってきたのです。(参照 H.J.ビルクナー『プロテスタンティズム――潮流と展望』水谷誠訳、日本基督教団出版局、p.50−51)
 「論争神学」に対抗して出てきたのが「和協神学」(Irenik)です。教派間の相違を、話し合って調停し、再統合しようとする試みです。公同教会論を考えるために、私たちは「論争神学」路線を放棄して、「和協神学」の路線を追求しなければならない、と単純に言い切ることではできません。先に述べました「部分」による「全体」への貢献を考えるとき、「部分」としての独自性の確立と掘り下げは、無用のものではありません。「対決なくして、告白なし」(No confrontation, no confession)という古典的なキャッチ・フレーズが示しているように、相互の違い、また真理ではない教えを見極めて、それと対決する姿勢を私たちが失ったとしたら、福音を宣べ伝える者の責任(Tコリント15:1−2)を放棄したことになります。
 話し合いのために、独自性を放棄して、和協のテーブルにつくのではなく、独自性を絶対的なものとみなさず、それが部分として断片的なものであり、それらの断片を互いに持ち寄ることによって、さらに全体に近づくことができる、という意味での和協が、より健全な公同性を建て上げるのではないでしょうか。その意味で、私たちが日本福音同盟として連帯している基盤の一つである、「聖書は誤りなき神のことばである」という真理理解は、公同の教会の中で放棄されることではなく、公同の教会へと私たちが貢献すべき賜物であると考えることができます。同じように、序で述べたように、伝道への情熱と重荷、回心体験の重要性、聖潔な生活もまた、公同教会への私たちの賜物です。
 もちろん、私たちは、他の教会グループとも連帯を可能とする公同性をすでにうちに備えもっています。たとえば、17世紀の「和協神学」がたどり着いた、「聖書」をキリスト教の真理の源として承認すること、「使徒信条」をキリスト教の根本教理の要綱とみなすこと、また「三位一体論」や「キリスト論」へと至る古代教会の教義上の決定を正統なものと確認することなど――これらは福音派以外のキリスト教会、また聖公会、カトリック教会、正教会などとも共有して私たちがうちに備えているものです。
 いや、そうした基本信条的な要素だけでなく、日本福音同盟の中には、信仰職制の面では、ルター派や改革派の流れ、北欧敬虔主義の流れ、米国バプテストの流れ、メソジストの流れ、英国自由教会の流れなど、様々な背景を見ることができ、日本福音同盟に所属するそれぞれの教団教派は、この同盟とは別の枠組みで、世界の同じ伝統を有する教会と連携してきました。それもまた、日本福音同盟が併せ持つ公同性と理解することができるでしょう。
 このように、私たちの公同性を小さく見積もるべきではありません。しかしそれでも、内向きな傾向を持っていると反省するとき、私たちは公同教会の原点を再確認することが必要なのです。私たちは概して、地域教会で洗礼を受け、そこの礼拝スタイルや信仰表現に慣れ親しんで、他に教会が存在することは知っていても実際の交流はなく、その教会と自分との関係で信仰生活を送り、時に独善的に自分たちが最も純粋なキリスト者であると自負していることがあります。それが、あるきっかけで他の群れに属するクリスチャンと出会ったとき、そのうちにある豊かな信仰や生き生きとした御霊の働きに触れ、狭いキリスト教理解の中で身につけてしまった偏見が崩れていくのです。そのような機会に、私たちは他の教団教派の理解を新たにし、同時に自己理解を新たにし、教会がひとつであることの恵みを喜びとともに感謝するのです。自分の所属している教団が多種多様な教団教派のなかで「最善」のものであると信じてはいても、それが「唯一の最善」ではないという遜った自覚を持つようになるのです。おそらく、このような体験を通して、公同の教会というものに目覚めていくのではないでしょうか。
 そのように考えるとき、あらためて「公同の教会」という表現をはじめて使ったアンテオケアのイグナチウスによる定義の奥深さを痛感します。
「イエス・キリストのおわれるところに公同の教会がある」(「スミルナのキリスト者への書簡」8・2)。
 日本基督教団における公同教会論を論じてきた近藤勝彦氏は、このイグナチウスの定義をもとにして次のように記しています。
「『普公性』とは、時間と空間を貫く普遍性であり、それは教会のキリスト論的、聖霊論的な同一性である。どこにおいても、いつの時代にも、また誰にたいしてもキリストの教会としての同一性が貫かれている。それは、真の『伝統』ということでもある。これはまた、決して観念的、内面的、抽象的な同一性ではなく、聖霊による身体的な同一性として、時間、空間の中に現出する」(「日本の教会の課題と『普公教会』の理念、『神学』53号所収、東京神学大学、p.77)。
 これは、ちょうど、バルナバがエルサレムから派遣されて、はじめてアンテオケ教会に到着したとき、「神の恵みを見て喜んだ」(使徒11:23)と記されているのと同じではないでしょうか。見知らぬ教会、しかもギリシャ人を中心に発展した教会の中にも、エルサレム教会と何ら変わりのないキリストの霊的現臨にバルナバは触れたのです。
 ガラテヤ人への手紙二章に、パウロがエルサレム教会の「おもだった者と見られている人々」(ヤコブ・ペテロ・ヨハネ)と会見している場面が記されています。かつては、教会を激しく迫害し、異なった世界で主と出会い、主の直弟子である自分たちから訓練や指示も受けることもなく、独自の路線を走ってきたパウロです。ここで、エルサレム教会の指導者たちは、異なった世界でキリストを体験し、召され、伝道しているパウロに対して、@何も付け加えることなく、Aパウロにも福音をゆだねられていることを理解してくれ、Bパウロに与えられたこの恵みを認め、Cパウロと私とバルナバに、交わりのしるしとして右手を差し伸べました、と記されています(2:6〜9)。
 エルサレム教会の指導者たちは、自分たちとは系列を異にするパウロを、自分たちと同じレベルで主に召された者と尊重し、交わりの右の手を差し伸べるのです。それは、福音を体験した背景が違っても、それは同じキリストの体験であり、伝える対象が違っても、同じ福音を伝え、福音が根付く文脈は異なっていても、同じキリストに従うことになるという、様々な側面の「統一性」に目覚め、相互に認め合い、キリストの教会は一つであることを確認したのです。
 教理や礼拝形態などにおいて多少の違いがあったとしても、互いのうちにある神の恵みを見て喜ぶ、交わりの右の手を差し出す、ということは決して歴史認識に欠ける、神学理解の乏しい、ナイーブな体験ではないのです。それは、キリストの現臨という、私たちの定めた教理や礼拝のあり方という狭い枠を越えた、認めざるを得ない現実です。私たちは、福音の真理を追究し、自分の伝統を掘り下げ、信仰告白を堅く守るという努力を惜しまないと同時に、公同教会は、多様性に満ちた包括的なものであり、その中にキリストの身体のプレーローマがあり、私たちの作り出す枠組みを越えて開放的であり、動的なものであるということを忘れてはなりません。

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